2024年4月から、「医師の働き方改革」の施行が始まりました。長時間になりがちな医師の労働時間を見直し、質や安全が保たれた医療を提供するための重要な改革です。改革によって変わることや具体的な取り組み内容、課題点について解説します。
医師の働き方改革とは?
医師の働き方改革とは具体的にどのような制度なのでしょうか。制度の内容や、改革が必要な理由について解説します。
医師の長時間労働を是正するための法改正
医師の働き方改革とは、2019年4月から順次施行されている「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」(働き方改革関連法)による新たな制度です。
医師に関しては、業務の特性や医療現場への影響を考慮した5年間の猶予措置を経て、2024年4月から施行が始まりました。改革の目的は、医師の労働時間・労務管理・業務負担などの改善です。
改革によって医師の健康を確保するほか、全ての医療専門職がスキルを生かして自発的に対応し、質や安全が保たれた医療を持続的に提供していくことを目指しています。
医師の働き方改革が必要な理由
2019年の厚生労働省の「医師の勤務実態調査」によると、全体の37.8%の病院常勤勤務医が、週の労働時間が60時間を超えていると答えています。さらに、週の労働時間が80時間以上の医師が8.5%いることも分かりました。
この結果を踏まえても、医師の労働時間の長さは改善されるべき課題であることが明らかです。36協定が締結されていないまま、長時間の労働を課している医療機関もあるなど、労務管理が不十分なケースも少なくありません。
また、高齢化の加速に伴って医療の需要が増大する中、医師に多くの業務が集中している現状の見直しも必要とされています。
出典:医師の働き方改革について|厚生労働省医政局医事課 医師等働き方改革推進室 PDF33枚目
医師の働き方改革で何が変わる?
働き方改革によって、医師の労働環境はどのように変わるのでしょうか。主なポイントを3つ紹介します。
時間外労働時間の上限が規制される
医師の労働時間を短縮するために、年間の時間外労働時間の上限が規制されるようになりました。時間外労働時間の上限は、医療機関・医師の経験年数・職務内容などに基づく水準によって異なります。
- A水準(診療従事勤務医):年960時間/月100時間未満(休日労働を含む)
- 連携B水準(本務以外に地域の病院に派遣される医師):年1,860時間/月100時間未満(休日労働を含む)
- B水準(救急医など):年1,860時間/月100時間未満(休日労働を含む)
- C-1水準(初期・後期研修医):年1,860時間/月100時間未満(休日労働を含む)
- C-2水準(高度技能を修得する臨床従事6年目以降の医師):年1,860時間/月100時間未満(休日労働を含む)
上記の上限時間は、36協定を締結していたとしても超えることはできません。なお、2035年度末を目標に連携BおよびB水準を終了し、将来的にC-1・C-2水準についても段階的に縮減していく方向です。
出典:医師の働き方改革
出典:医師の働き方改革について|厚生労働省医政局医事課 医師等働き方改革推進室 PDF3枚目
追加的健康確保措置の実施が義務化される
月の時間外労働時間が、上限の100時間を超える医師に対して、追加的健康確保措置を実施することが義務化されます。追加的健康確保措置の内容は以下の通りです。
<A水準は努力義務・BおよびC水準は義務化>
- 連続勤務時間制限:連続勤務の上限は28時間(当直明けは除く)。初期臨床研修医の勤務間インターバルは9時間以上、連続勤務は15時間以下。研修上の必要性から24時間以下の連続勤務は可能だが、勤務間インターバルを24時間以上確保する必要がある
- 勤務間インターバル:通常日勤・宿日直許可ありの当直明けは9時間以上。宿日直許可なしの当直明けは18時間以上
- 代償休息:連続勤務時間を超えたり勤務間インターバルを取れなかったりした場合は、労働した時間と同じ時間の休息を取れる
<全ての水準で義務化>
- 面接指導:医師の健康状態を確認するために行う
- 就業上の措置:面接指導の結果によっては、適切な措置を講じる
出典:医師の働き方改革
時間外労働時間の上限を超えると罰則を受ける
自院を本務としている医師が時間外労働時間の上限を超えて労働した場合、一般企業と同様に労働基準法違反となり、労働基準監督署による調査・是正勧告・改善指導が行われます。
是正勧告を受けたら、労働環境を見直すなどの改善が必要です。是正勧告を無視するなど悪質だと判断されると、労働基準法第141条によって6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金が科せられます。
さらに、法令違反を犯した医療機関として公表されてしまえば、社会的な信頼を失う可能性もあるでしょう。
医師の働き方改革のための主な取り組み
働き方改革によって医師の労働環境を改善するためには、さまざまな取り組みが必要になります。具体的にどのような取り組みが求められるのでしょうか。主な例を3つ挙げて紹介します。
労働時間を適切に管理・把握する
時間外労働時間を削減するには、まず医師の勤務時間を正しく把握する必要があります。そのためには、タイムカード・スマホ・ICカードなど、勤怠を管理するシステムを導入し、医師の勤務時間を客観的に記録することが有効です。
ただし、医師がきちんと勤務時間を申告しなければ、正確な勤務実態の把握はできません。勤務医や管理職の医師に、勤怠管理の重要性を認識してもらうことが大切です。
また、勤務時間が長い医師に対しては、業務内容の見直しを検討するなどの必要もあります。
タスクシフト/シェアを推進する
1人の医師が担っている業務負担を軽減するには、タスクシフトやタスクシェアを推進するのが効果的です。タスクシフトとは、現在医師が担当している業務を、他の医療スタッフに移管することをいいます。
例えば、患者への疾患の説明・各種検査・病棟での服薬指導など、医師以外でも担える仕事を他の医療従事者に任せることです。一方、タスクシェアとは、他の医師を含む複数の医療従事者で業務をシェアする(分け合う)ことであり、チーム医療もその1つです。
タスクシフトやタスクシェアは、医師の負担を減らすだけでなく、医療全体の質の向上にもつながります。
変形労働時間制の導入を検討する
変形労働時間制を導入して、時間外労働時間の上限を超えないようにする方法もあります。変形労働時間制とは、業務の繁閑に合わせて所定労働時間を調整できる制度です。
例えば、外来診察がある曜日の所定労働時間を10時間、ない曜日を6時間と設定した場合、外来診察の日に10時間働いても時間外労働とは見なされません。
ただし、変形労働時間制を導入する場合も、1週間の平均労働時間が40時間を超えた分については時間外労働となります。また、制度を導入するには労使協定を結び、管轄の労働基準監督署への届け出が必要です。
医師の働き方改革の課題点
働き方改革によって医師の労働環境の改善が急がれるものの、改革を進めていく上でいくつかの課題も残っています。主な課題点についても確認しておきましょう。
労働時間の実態を把握するのが難しい
厚生労働省のガイドラインでは、労働時間の適正な記録方法を以下のように定めています。
- 使用者自らが現認して、勤務時間の確認・記録をすること
- タイムカード・ICカード・パソコンの使用時間の記録など、客観的な記録を基に確認・記録すること
しかし多くの場合、勤務時間が医師本人の自己申告制になっているなど、客観的な実態の把握は難しいのが現状です。また、兼業や副業などをしている医師も多く、1つの病院だけで実態を把握しきれないという課題もあります。
出典:労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン
労務管理の手間がかかる
病院の勤務形態は、医師・看護師・介護士・検査技師・一般職員など、スタッフによって異なります。フレックスタイム制や変形労働時間制などのほか、夜勤・3交代制・当直など、働き方もさまざまです。
病院に勤務する全てのスタッフの労働時間を把握し、データを集計するとなると、労務管理の手間がかかるのは明らかでしょう。
これまで十分な管理ができていなかった場合は、体制を整えるところから始めなければならず、労務管理の担当者にかかる負担はさらに増える可能性があります。
医師の人手不足解決にはつながらない
時間外労働が発生するのは、医師の人手不足も原因の1つとされています。医師の中には常勤先以外の病院でも勤務している人が多いため、副業によって時間外労働が発生しているケースも少なくありません。
働き方改革によって時間外労働時間の上限が規制されると、これまで副業をしていた病院での勤務が難しくなり、地域によっては十分な医療を提供できなくなることも考えられます。
医師の人手不足問題を解消せず、時間外労働の上限を規制するだけでは、働き方の根本的な解決にはならない可能性があるでしょう。
医師の働き方改革について知っておこう
医師の働き方改革は法改正による新たな制度で、医師のワークライフバランスの実現を目標としたものです。時間外労働の上限規制や追加的健康確保措置など、さまざまな対策が取られており、医療機関にも改革を進めるための取り組みが求められています。
しかし、医師の労働時間を適性に把握することの難しさや労務管理の負担増など、改革を進めるための課題が残っているのも事実です。
医師の健康を確保し、安全で良質な医療を持続的に提供するためにも、まず労働環境に関する当事者の意識を変えていくことが求められます。