行政、JA、市場、民間が出資。東近江市の未来をつくる「地域商社」とは

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滋賀県の東部、鈴鹿山脈から琵琶湖岸まで東西に長く広がる、人口約11万4000人の東近江市。川や湖に恵まれ、平地や丘陵地には豊かな田園地帯が広がる場所です。ここには数百年、1000年以上前に創建されている永源寺、百済寺(ひゃくさいじ)など多くの古刹があり、中世以降は交通の要衝の地として栄え、近世には近江商人が活躍し、多くの企業家を生みました。そして今、この東近江市で新たな変革が始まろうとしています。東近江市 農林水産部 農業水産課 課長の福井健次氏と、東近江市 地域商社設立準備室 室長の松井茂光氏にお話を伺いました。

歴史と文化、近江商人魂が色濃く残る

――東近江市はどのようなまちなのか、魅力や特長について教えてください。

福井:東近江市は、近江商人発祥の地と言われている「五個荘金堂の町並み」、石垣でつくられた水路の水郷集落「伊庭の水辺景観」、「永源寺と奥永源寺の山村景観」の3か所が日本遺産に選定された、歴史と文化、近江商人の魂が受け継がれているまちです。

日本の紅葉百選にも選定され、聖徳太子が創建したと言われている百済寺は、織田信長に焼き討ちされた過去があり、当時醸造されていた百済寺樽というお酒も消滅しました。それが最近、東近江市の地域おこし協力隊によって復活しています。

また、ろくろを使ってお盆やお椀などの木工品を加工・製造する職人「木地師(きじし)」は東近江市が発祥。9世紀から始まり、全国各地に広まったと言われています。たくさんの歴史や文化が残る東近江市は、地盤が強くて災害も少ないのが特長。加えて、京阪神や中部地域へのアクセスも良好のため企業が多く、学校や生活に必要な施設も充実しているため、生活しやすい場所と言えます。

(東近江市 農林水産部 農業水産課 課長 福井健次氏)

近畿一の豊かな農地を活かしきれていない現実

――東近江市の現状、抱えている課題について教えてください。

福井:この地域は、歴史的に日本の食を支えてきた穀倉地域であり、なかでも東近江市は、近畿で最も大きな農地面積(約8,490ha)を誇り、水田が96%を占めています。しかし、滋賀県の兼業農家率は全国3位、専業農家率は全国45位(2010年世界農林業センサスより)とギャップがあります。なぜなら、東近江市は働く場所に困らないため、本業の傍らで、手間をかけずにつくれるお米・麦・大豆をつくる土地利用型の兼業農家が大半を占めるからです。

兼業でも農家を続ける人が多いのは、「先祖代々受け継いできた土地」を守り、次世代に引き継ごうという強い思いがあるから。そのため、全国的にも珍しい「集落で農地を守る集落営農」が盛んで、耕作放棄地はとても少ないのですが、今、大きな課題に直面しています。

それは、国の政策転換により米の生産調整が終わり、米の作付面積当たりでもらえていた交付金の廃止。麦や大豆も国の交付金で成り立つ経営のため、米・麦・大豆をつくっていたのでは、東近江市の農業は衰退してしまう可能性が高いのです。豊かな資産である農地があり、兼業でも農家を続ける人がたくさんいる今だからこそ、儲かる農業への転換は急務だと考えました。

行政、JA、市場、民間が出資し「地域商社」を設立

――儲かる農業への転換について、具体的に教えてください。

福井:それは、農家の所得を確保するために、野菜などの高収益作物栽培に積極的に取り組むことです。特に東近江市は野菜の生産量が少なく、滋賀県の野菜生産額は全国42位。市内のスーパーには県外の野菜しか並んでいません。学校給食にも、地元の野菜を使って欲しいですし、市内でつくった野菜を市内のスーパーに卸す仕組みをつくりたい。

そこで、野菜の安定した販路を確保し、相場に大きく左右されない販売を実現するために、2017年4月に立ち上げた「東近江プライマリーCo.協議会」で地域商社の設立に取り組んできました。

松井:これまでも、野菜を生産する農家はありました。ただ、契約栽培ではなかったため、そのとき“できた分だけ”JAに出荷し、JAもそのときの相場で買ってくれるところに売るしかできなかったのです。売っても二束三文にしかならなければ、農家は手間のかかる野菜をつくろうとしないでしょう。

だから、地域商社は、「収穫した野菜を売れるところに売る」ではなく、「契約栽培によって高価格で販売する体制」をつくります。農家の取りまとめや安定供給できる出荷の調整、6次産業、販売まで一貫して担います。

(東近江市 地域商社設立準備室 室長 松井茂光氏)

福井:今までは、JA職員も人員が限られていたことから、農家が野菜の包装やパッケージを夜中にやっていて、収穫より大変な作業になっていました。だから商品化は地域商社に任せて、農家やJAは生産拡大に集中してもらいたいですね。

松井:その通りです。地域商社の特長は、生産力と販売力を向上させる体制を築くために、行政と4つのJA、市場、スーパーや農家など民間の出資をもとに設立し、連携・提携して活動を進めようとしていること。行政が関わることで生産の拡大はもちろん、販売の信用力は一民間企業が担うより高いはずです。まさに、地域ぐるみで東近江市の未来をつくろうとしています。

生産から仕入れ、卸、小売販売までを経験

――松井さんは、その地域商社の責任者として抜擢されました。これまでどのようなご経歴を積まれてきたのでしょうか。

松井:私は大学を卒業後、企業に7年勤めた後に農家になりました。トマトや小松菜の生産をメインに行っていましたが、経営が厳しくなったことをきっかけに、卸や店頭販売業務を学ぶように。そのうち、地元の野菜が地元に無いのはおかしいと思い、地元野菜メインの卸会社・菜松(さいしょう)を創業しました。

しかし、突然現れた組織ですから、なかなかスーパーに取り合ってもらえません。そこで、モノを大きく動かすにはどうすればいいのかを学ぶために、公設市場仲卸やスーパーと業務提携し、地元野菜の仕入れや小売販売を経験しました。ですから、農家、卸、市場、スーパーのすべての考え方を勉強してきて、今に至ります。地域商社の話を聞いたとき、まさに自分がやりたかったことだと思いましたね。

私はとにかく、地元の野菜と農地を活かしきれていない現状をどうにかしたい。専業農家は全体の数%しかいませんが、頑張っている人はたくさんいますし、若手の新規就農希望者も増えています。そのポテンシャルを最大限に活かすために、交渉力を持つ地域商社が農作物を販売すれば、農業だけでも経営は十分に成り立つと考えています。

地元の野菜を地元に流通させたい

――地域商社で、最初に実現させたいことは何でしょうか。

松井:まずは地元の野菜を地元に流通させることです。並行して、農家には野菜の生産面積を増やしてもらいたいと思っています。それが実現したら、東近江市のブランド野菜をつくりたいですね。

福井:このあたりの野菜は、京都で京野菜になっています。まっすぐのきゅうりなど、質のいいものをつくっているけれど、市内で手に入らないのは悲しいことです。

松井:そうですね。地元のスーパーには、東近江市産の野菜が常時並んでいる状態にしたいと考えています。一般的な地域商社は、多品種を少量扱うところが多いと思いますが、我々は少品種を多量に扱い、相場に左右されない安定した価格で販売したいと考えています。東近江市は農地に恵まれていますし、農業に携わっている人が多いので、儲かる仕組みさえつくれたら、地域経済はもっと回ると思います。生産ありきではなく、販売ありきの仕組みをつくりたいですね。

福井:もともと、「地域を守る」思いから、集落で1つの農場を持つ集落営農を進めている東近江市。儲かる農業が実現すれば、より地域を守ることにつながるわけですから、冬に遊ばせていた土地で野菜を収穫できるようになれば、新しい雇用も生まれるかもしれません。

農業集落が崩壊したら、祭りやお寺、神社も守れなくなるので、地域を守るための仕組みとして、地域商社を機能させたいです。

松井:それから、野菜は足が早いので大量に仕入れてもロスを出さないよう、加工して販売する仕組みも並行してつくります。これは地域商社だけでやるのではなく、たとえば、まちの漬物屋さんや食品加工屋さんなどと一緒にやりたいと考えています。

ここまで地域ぐるみで、量を扱い・量を動かす地域商社は全国的にも珍しいと思います。これが実現できるのは、行政やJA、市場、民間、地域全体が一体となった協力体制があるからこそ。地域を守るために、受け継いだ土地や歴史、文化を後世につなげていくために。地域商社をきっかけに、東近江市の未来をつくっていきたいです。

執筆者

地方企業・地方自治体の採用を支援するビズリーチ地域活性推進事業部。魅力的な地方の情報をお届けします。