「漁師も協力隊も、ある意味ベンチャーですよ」地域おこし協力隊のホンネ|鹿児島県長島町

近ごろ「地域おこし協力隊」がメディアでとりあげられる機会が増えています。テレビのバラエティー番組でとりあげられる彼らは、都会から田舎へ移り住み、里山を手入れして、休耕田を耕して、コミュニティースペースをつくって、となんだか充実しているようす。

隊員の仕事とくらしはどのようなものなのでしょうか。優雅な田舎暮らしを楽しんでいたりするのでしょうか? じつは忙しい毎日を送るハードワーカーなのでしょうか? 鹿児島県長島町で活躍する地域おこし協力隊員に、ほんとうのところを聞いてみました

協力隊も漁師もベンチャー気質でわかりあえる

山と海

(出典) photo-ac.com

地域おこし協力隊は、ある意味ベンチャーですよ」と笑うのは土井隆さん。10月、長島町の地域おこし協力隊の第1号として着任しました。

新卒で入社した楽天ではECコンサルタントとして活躍。マーケティングの難しさから「水もの」とよばれる化粧品分野を担当し、育毛シャンプーを楽天市場で売上トップに押し上げました。転職を経て都内でIT企業を起ち上げ、現在は協力隊員として長島町の特産品をネット通販で流通させるためのマーケティングに取り組んでいます。

もともと地方に住みたいと思うタイプではなかったという土井さんが町のことを知ったのは、共通の知人を介して井上副町長から講演の依頼を受けたのがきっかけです。

長島は売上高世界一を誇る養殖ブリの産地ですが、卸売りが中心で一般消費者にとっての知名度はいまひとつ。そこで、ブランド価値を広める取り組みをはじめようと、マーケティングのノウハウを持つ土井さんに依頼が舞い込んだのです。

講演では、特産品をインターネットで販売する方法やよくある失敗事例などの紹介に、会場から質問が飛びかったといいます。そこには、新しい取り組みに対する、長島の人たちの熱意があふれていました。

 土井:漁師って狩人じゃないですか。いろいろな仕掛けを工夫して、魚という成果をあげようとします。そこにベンチャー企業と似た気質を感じて共感したのかもしれませんね。

 それ以来、漁協や町の人たちからひんぱんに相談を受けるように。産品のネット通販のためのWebサイトづくりや、長島からリモートワークで仕事をできるゲストハウスづくりなど提案するうち、地域おこし協力隊へ参加してほしいと声がかかりました。

参加の決め手になったのは、町の人たちの熱意に自身のIT関連の知識・人脈をかけあわせれば地域の課題に貢献できると感じたことだといいます。

 土井:情報発信をほんとにやって来なかったんだなっていうのを感じました。町のWebサイトひとつにしてもHTMLやCSSをいじったりする人がいれば、よりよい情報発信ができるんだろうなという気がしたんです。

自分たちで情報をつくることも、まだまだやれることがあります。この前、ECサイトをつくるのにカメラマンをよんで魚や料理の写真を撮影したんですけど、いままで卸売のBtoBのビジネスだから、商品撮影なんてやらなくてもいいやと思っていたみたいで。

さらに、全国に向けて仕掛けるという視点も、あまりなかったんです。長島のことを、まずは県内の鹿児島市内に知ってもらう。次は福岡にという感じでおわり。長島のこれ、全国的にはおもしろいよねという視点があれば、いろいろ売り込めるかもしれないと思いました。

たんなる移住促進の文脈だったら、僕は行かなかった

月と山

(出典) photo-ac.com

地域おこし協力隊員として活動をはじめた土井さんは、すでに長島を全国に売り込むための準備にとりかかっています。

 土井:前職で知りあった一流シェフを町へ招待して産品の紹介や町の人と交流してもらう計画を立てたり、漁協婦人会のおばさま方が開発したブリのレシピをもとに、レシピ共有サイトの運営会社にタイアップ企画をもちかけたり。

古巣の楽天に宿泊予約やふるさと納税のことで相談もしているし、無料でつかえる求人検索エンジン「スタンバイ」で地域おこし協力隊の公募をしましょうとも提案しました。

すべて、自分だけで何かをするというよりも、いままで一緒に仕事をやってきた人たちをつなげながら、何か面白いことをしようという発想なんです。

 これまでのキャリアで培った知識・人脈の総力戦で長島の課題に取り組む土井さんを、地元の人たちも温かく迎え入れているそう。

 土井:いま、漁協の大型冷蔵庫の横に立つ一軒家を借りて住んでます。4LDKで100㎡くらい。初日は布団もなくガラーンとしてどうしようかと思いました。

でも、漁協の組合長が「よかよか、うちにメシ食いに来い」と。そして家に入った瞬間に「まずフロ入れ」。あれ、家借りたけど必要なかったんじゃないか、組合長の家に住んじゃえばよかったかなと思うほどフレンドリーでした。いまや冷蔵庫も机も、地元の人たちからの借り物です。

 さらに、町のなかでも郊外に住む土井さんを気遣って近所の人たちがバーベキューなどを開いてくれることもしばしば。

これほど地元に溶け込むことができたのには理由があります。

 土井:長島に行って「なにができるかわからない」ではなく「僕はITを使ってこういうことができます」という形で入れたのは、地元に受け入れられるうえで重要だったんじゃないかなと思います。何ができるか明確化されていたので、町も地元の人にうまく説明してくれたみたいです。

地域おこしって、いまブームですよね。でも、たんに田舎に行きましょうっていう移住促進の文脈だったら僕は行かなかったなと思います。まだ東京で消耗してるの、って言われても。やっぱり、課題や自分のやれる仕事が明確になっているからパワーを発揮できるし、だからこそ受け入れてもらえるんだと思います。

都会であたりまえの知識でオンリーワンの仕事

(出典) photo-ac.com

黒之瀬戸大橋

では課題や自分のできることをみつけるためにはどうすればよいか? それは実際に現地に足を運んでみることだといいます。

 土井:たとえば、長島町は12月1日まで地域おこし協力隊を募集しています。特産品のブランディングや商品開発をしたい、マリンスポーツなどの観光で人の流れを増やせる、カフェづくりによるコミュニティー運営をしたいなど、24の職種でいろいろな提案ができます。二次選考は町が一部費用を負担して現地にきてもらうので、直接状況を見てもらって具体的提案に落とし込んでもらえるとおもいます。

 最後に、いま実感している地域おこし協力隊の魅力をうかがうと

 土井:都会ではあたりまえになっている知識も、地方ではそれでできることの幅が広がります。東京で働いている人の知識や人脈を長島で働いている人は知らないし、長島の知識を東京の人は知らない。都会であたりまえの技術でオンリーワンの活躍をできるようになるかもしれないし、そこから新しいビジネスが生まれていくかもしれない。そういう場面に挑戦できていることがベンチャーっぽくて楽しいです。

 と満面の笑みでこたえてくれました。

メディアで見かける隊員たちの表情が充実してみえるのは、新しいことに挑戦しているからなのではないでしょうか。