【事業者インタビュー】「地方で事業を創ることが、僕の生きる力に結び付く」株式会社小高ワーカーズベース

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福島県南相馬市小高区。東日本大震災後、この地で起業し様々なビジネスを手掛けてきた立役者がいます。今回のインタビューに快く応じてくださった株式会社小高ワーカーズベースの和田智行さんです。震災前は東京のITベンチャーの取締役でありながら、出身地の旧小高町(現南相馬市小高区)に戻り、役員を務めながら個人事業を営む生活をされていました。東日本大震災に伴う原発事故では自宅が警戒区域に指定され、ご家族と共に避難生活を送ったご経験もあります。

2014年5月に避難区域初となるコワーキングスペース「小高ワーカーズベース」をオープンし、同年11月に「地域の100の課題から100のビジネスを創造する会社」として、株式会社小高ワーカーズベースを設立されました。

今回は和田さんに、地域の新たな拠点である「NARU」と「小高パイオニアビレッジ」について、そして今の思いと今後の展望についてお話を伺いました。

 

――まずはクラウドファンディング(※1)達成おめでとうございます。

和田さん:ありがとうございます。実は、クラウドファンディングの最終日は、NARUの引き渡しの日で。17~18時がクラウドファンディングの終了の時間だったんですが、ちょうど施工業者さんから説明を受けていたんですよ。でも、それどころじゃなくて。途中でスタッフに「和田さんもういいです、座っててください」って言われました(苦笑)。終了日の10日前の達成率は20%くらいだったので、「これはダメだな」と思っていましたし、反省点がめちゃくちゃたくさんあるので、「クラウドファンディングの失敗の仕方」みたいな本を出せと言われたら1冊書けるかもしれないです(笑)。

(※1)
一度は無人になってしまった小高区に事業を創出するための拠点として「小高パイオニアビレッジ」を立ち上げるべく、クラウドファンディングを実施。終了日に無事目標金額を達成した。クラウドファンディングの内容について詳しくはこちら

 

――今日お邪魔したコワーキングスペース「NARU(原町区)」とクラウドファンディングを達成した「小高パイオニアビレッジ(小高区)」の役割の違いを教えてください。

和田さん:NARUは市の委託事業なんですが、目的の1つは、市内に2,000~3,000人いる、子育てや介護により外で働きたくても働けない方の「就労・キャリア形成支援」です。ここはコワーキングスペースなんですが、キッズスペースもありますし、外部の方を呼んで講座を開いたりもしているので、多様な働き方を学んで実践して頂ける場を提供できればと思っています。
もう1つの目的は、「賑わいの場作り」です。街の賑わい創出とかまちづくりに関わりたいと思っている人たちの集まる場所になって、交流が生まれることにより新しいプロジェクトができたりするような役割を担えればと。初期登録は必要ですが、登録料は不要ですし、使用料も無料なんですよ。

和田さん:逆に小高パイオニアビレッジは、「企業の人や創業を考えている人」を対象にしています。NARUでキャリア形成やまちづくりを考えていた人が、起業をしたいとか、課題解決をしたいってなった時に、こっちは登記も可能なんです。創業したいけど事務所を借りるほどではないっていう住民の方が出てきた時の受け皿にもなれます。
株式会社小高ワーカーズベースとしても、小高パイオニアビレッジに入ります。ものづくりができる「メイカーズスペース」も備えてありますが、初期はガラス工房が利用します。「ものづくり」を収益に結び付けることができない地域の方が結構いらっしゃるので、スペースを拡張していくことも想定しています。
宿泊も可能なので、1~2週間寝泊まりをして事業の可能性を探りたい方だとか、今度ロボットテストフィールド(※2)ができるので、そこを活用しながらプロダクト開発をしたい方に活用してもらえればと考えています。
リノベーションを前提にした設計にしているので、地域のニーズの変化に応じてその時その時に必要な機能を実装していく、というのもコンセプトにしています。NARUと小高パイオニアビレッジでターゲットは違いますが、連携はできればと思っています。距離も車で15~20分くらいですしね。

(※2)
いろいろな実証ができる試験場。ドローンを飛ばしたり、落下耐久テストを実施したりもできる他、災害ロボットを開発するための災害現場を再現した場もあるアジアで一番大きなフィールドになる予定。

11月半ば頃のパイオニアビレッジ外観。12月完成予定だ。

 

――NARUでは今後具体的に何をしていく予定ですか?

和田さん:既にいくつか講座を実施することが決まっています。また、ここの利用者の方が例えばハンドメイド講座とかをやりたいってなった時に、自主講座として開いて頂くことも可能です。

NARUで実施した講座一例のチラシ。1回で30名ほどが参加する。

キッズスペースもあるので、子どもと一緒に利用も可能だ。

 

――今一緒に働いている株式会社小高ワーカーズベースのスタッフの方について教えてください。

和田さん:ほとんどUターンですね、「ふるさとが好きで、ふるさとの為に働きたい」っていう思いを持った人が多いです。あとはミッションである「地域の100の課題から、100のビジネスを創出する」っていう、どんどん事業を立ち上げていくことに参画して、自分の価値を見出そうとしている人とかですかね。株式会社小高ワーカーズベースのスタッフは全部で15人います。女性が圧倒的に多くて、男性は僕を除いて3人だけです。

 

――和田さんは震災後に小高に戻られて、株式会社小高ワーカーズベースを創業されるなど、いろいろご苦労もあったかと思うのですが、今の率直な心境を教えてください。

和田さん:小高に関して言えば、起業した時よりも環境も状況もかなりいい方向に変わっていて、当初の地域全体の「あきらめ感」みたいなのがすっかりなくなっているかなと。最初は「どうせ若者は戻ってこないよ」とか「若者がいなくなってこの地域はもうダメだ」とか、顔を突き合わせればみんなそういった話ばかりをしていたんですよ。でも7年たって、「無理に人を増やさなくても構わない」、「今の人口で収まるのであればその規模でこのまちを楽しくして暮らしていければいいよね」っていう風に変わってきています。僕自身としてもこの変化は1つの答え、あるべき在り方かなと思っています。

小高区にずっと住んでいる人は小高が好きで住んでいるわけですし、外から来た人も可能性を感じたから小高に来ている。僕も小高だからこそ、可能性を感じて事業を立ち上げたわけですし、何もないところからいろいろな事業をやってきたことは、単純に言って面白かったです。変化が目に見えましたし、お金の流れも作れることを実感して手ごたえもつかめたので、今後も引き続きどんどんやっていきたいなという思いは膨らんでいます。

 

――今後のビジョン展開を教えてください。

和田さん:小高区に限ってしまいますが、何もなくなってしまったまちなので、「普通のまち」にあるものがなかったりするんですよ。一つひとつを作っていく中で、企業誘致だけに限らず、自分たちで地域に価値を見出してそれを0から1に形づくっていって、それによって経済を回していくことが当たり前の地域にしていきたいと思っています。100の事業を創っていく中で、自分たちで作る風土を生み出して、「自分も好きなことで生計を立てたい」と考える人が「小高に行けば、自己実現ができそうだ」と思ってコミュニティに入ってきて…っていうような流れを作りたいと思っています。

企業誘致も大事なことだとは思いますが、それだけに頼ってしまうのは…。震災後、企業がどんどん撤退していったのを見ていましたし、そういったものに、社会や地域、生活をゆだねるのは非常にリスキーだなと感じているので。小さくても事業や生業が地域から生まれていく方が、より持続的じゃないかなと思っています。

「復興」という言葉は使ってないんです。小高は一度ゴーストタウンになってしまったまちなので、「復興」って言ってもピンと来ないんですよね。それよりも、「0から新しいまちを作りましょう」っていう方がよほどしっくりくるんです。ハード(建物)の復旧から始まる通常の復興やまちづくりとは入り方が違うのかなと。ここは「ハード(建物)はあるけれど、人がいない」状態。まちを作るっていうのは、コミュニティを作ることがスタート、住人を生み出すことがスタートだと思うのですが、それを他の地域でしようと思っても絶対できないと思うので。そういう意味でも希少なフィールドで面白いなと思っています。

「社会を変える」って言って世の中にはいろいろな人が活動していますが、小高は変えるでも変えないでもなく、一度「なくなった」ので、自分たちが住みたいまちを0から作りますっていうスタンスですし、面白いんですよね。

 

――和田さんのそういった思いを生み出し、前に進んでいく原動力はなんですか?

和田さん:やはり震災の時の経験ですね。以前ITベンチャーの役員をやっていた時はお金を稼ぐことしか考えてなかったんですよ。でも震災が起きて、いくら収入を太くしても、「人生安泰だな」ってならないっていうことに気づいたんです。避難所でお金は一切使えなかった。お金を持っていても、食料も、ガソリンも手に入りませんでしたし、避難所にも入れなったりした。そういうのを経験すると、社会状況も、経済状況も、完全に保障されている訳ではないし、自分と家族と地域の人のことを考えると、楽しく安定的に暮らしていくには、「どういう状況でも価値を生み出していける」、そういうスキルやノウハウを持っていることが重要だなと思ったんです。
元プログラマーなのに、スーパー、コワーキングスペース、食堂、ガラス工房の運営をやっている。世の中にそういう人ってあまりないと思いますし、希少性も上がっていくんじゃないか、そうやって色々なことができるようになることが、自分の人生の安泰に繋がるんじゃないかと。1つ1つやっていって、それが自分の糧になっていくことがモチベーションになっていますね。将来に不安を感じなくなっていく感覚があります。

 

――東京から見ると、地方に行くことに不安を抱く人が多いと思うのですが、逆なんですね。

和田さん:地方に行くとやることも増えますし、求められることも増えます。職場以外の居場所や役割を持つことになると思います。それによって、1つがダメになっても、別の居場所があるから生活できたりとか、新しい仕事が見つかったりとか。そういう意味では、東京よりも地方の方が安定している気がする。若いうちはいいんですが、40、50、60になった時に、会社が突然潰れたり、クビになったりした時に、東京にいるどれだけの人が次に動けるのかっていうのはすごく思いますし、地方に行っていろいろやることが生きる力に結び付くんだと思います。僕にとってはそれが「事業を創ること」なんです。

スーパー、コワーキングスペース、食堂、ガラス工房と様々な事業に取り組まれてきた和田さん。「自分たちが住みたいまちを0から作る」という思いのもと、たくさんの困難に立ち向かわれ、今もなお走り続けていらっしゃいます。和田さん本人は数々の苦労を微塵も感じさせない、笑顔が素敵な方でしたが、その瞳の奥に熱い思いを見た気がしました。

 

地域には和田さんのような熱い人がたくさんいます。
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執筆者

地方企業・地方自治体の採用を支援するビズリーチ地方創生支援室。魅力的な地方の情報をお届けします。