薬剤師に求められる役割は、時代の流れとともに変化しています。就業先が変われば、仕事内容もがらりと変わるため、同じ職種として一括りにするのは難しいかもしれません。就業先ごとの役割や、薬剤師がキャリアアップする方法を解説します。
薬剤師の役割や責任とは?
薬剤師の業務は幅広く、調剤や服薬指導にとどまりません。1960年に薬剤師法が制定されてから50余年、法改正とともに役割が見直されてきました。
少子高齢化の進行・災害や新たな感染症の発生と社会が大きく変化する中、現代の薬剤師にはどのような役割が求められているのでしょうか?
変化する薬剤師の役割
日本薬剤師会がまとめた「薬剤師の将来ビジョン」では、薬剤師の役割の変化を5世代に分けて説明しています。
第1世代は調剤と服薬指導が主な業務でしたが、第2世代になると処方内容の確認医薬連携が加わりました。
第3世代では、患者インタビュー・服薬指導・薬歴管理、第4世代では、リスクマネジメント・処方意図の解析などが付け加えられ、単なる薬の提供から患者と深く関わる業務内容へと変化を遂げています。
第5世代と呼ばれる現在は、カウンセリング・モニタリング・在宅調剤・後発医薬品の調剤などが、新たに加えられました。
薬局は病院や診療所と並ぶ医療提供施設です。超高齢社会に突入した日本において、薬剤師に求められる役割は今後も増えていくでしょう。
参考:第一章 薬剤師を取り巻く環境の変化|薬剤師の将来ビジョン P.4|公益社団法人日本薬剤師会
薬剤師の責任
薬剤師法の第1条では、薬剤師の任務を以下のように定めています。
薬剤師は、調剤、医薬品の供給その他薬事衛生をつかさどることによつて、公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もつて国民の健康な生活を確保するものとする。
また、同法の第24条と第25条にも、薬剤師の責務が明確に記載されています。
例えば、処方せん内容に疑いがある場合、処方せんを交付した担当医に確認を取った(疑義照会をした)後でなければ調剤できません。
薬の効果や副作用は、生活習慣や体質・薬の飲み合わせなどに影響されます。患者に薬を提供する際は、医薬品情報を伝えるだけでなく、薬学的知見に基づいて指導することが義務づけられています。
就業先によっても変わる薬剤師の役割
薬剤師の就業先というと、薬局や医療機関が真っ先に思い浮かぶでしょう。実際は他にも、製薬会社・学校・行政機関など、活躍の場は多岐にわたります。就業先が変わると、求められる役割や業務内容はどのように変化するのでしょうか?
薬局
薬局薬剤師の主な役割は、調剤と服薬指導です。総合病院やクリニック周辺の薬局では、薬学的知見に基づいた適切な薬物治療を提供します。
複数の薬が処方されている場合は、患者の生活状況や薬の飲み合わせなどをチェックし、正しい使い方を指導しなければなりません。医師が交付した処方せんを薬の専門家としてチェックし、不備や疑義があれば電話等で問い合わせます。
一般用医薬品を扱う薬局では、消費者のニーズを把握した上で、商品選定のサポートを担います。専門知識を生かし、健康面の相談に乗ることも薬剤師の重要な役割です。
病院や診療所
医療機関で働く薬剤師は、外来患者と入院患者の両方に対応するのが一般的です。チーム医療の一員として、医療関係者と連携する機会が多くなるでしょう。
処方せんの調剤や服薬指導・薬の在庫管理などに加え、院内製剤の調製や薬物血中濃度モニタリング(TDM)なども担当します。
院内製剤とは、院内で調製される薬剤です。さまざまな理由によって市販化されていないため、医師からの依頼を受けて独自に調製します。
薬物血中濃度モニタリングでは、患者の薬物血中濃度を測定し、薬効や副作用の評価を行った上で適切な投与量を決定します。
製薬会社
製薬会社で働く薬剤師の主な仕事内容は、医薬品の情報提供・収集(医療情報担当者)と薬の研究・開発に大別されます。
医療情報担当者(MR)は、担当エリアの病院・調剤薬局・医薬品卸売会社などに自社製品の情報を提供するのが主な役割です。同時に、関係者から副作用に関する情報を収集し、自社の安全管理部門に報告します。
薬の研究・開発は、薬剤師としての知見を最大限に発揮できる仕事です。化粧品の開発には薬機法(旧薬事法/正式名称「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」)が関わるため、化粧品会社で開発・研究に従事する薬剤師も少なくありません。
卸売販売会社
医薬品の卸売販売会社は、一般家庭ではなく、医療機関や薬局に医薬品を提供します。法令では、営業所ごとに薬剤師の配置が義務づけられており、薬剤師は医薬品の適正な管理に努めなければなりません。
卸売販売会社では、毒薬や覚せい剤の原料となる薬剤も取り扱っています。品質管理はもちろん、不正取引が起こらないように販売管理にも力を入れる必要があります。
また、医療機関や薬局からの問い合わせに対し、取扱医薬品に関する情報を正しく提供することも薬剤師の大切な役割です。
参考:医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律 | e-Gov法令検索
学校
学校保健安全法は、大学以外の学校に学校薬剤師を置くことを義務づけています。当初は薬の管理に重きが置かれていましたが、学校薬剤師の役割は時代とともに変化し、現在では以下のように健康相談や保健指導なども行っています。
- 学校薬事衛生に関する管理(薬品類の使用・保管など)
- 学校環境衛生に関する管理(換気・採光・騒音などのチェック)
- 薬物やアルコール、たばこの害などに関する保健指導
- 健康相談
薬局や病院に勤務する薬剤師と違い、学校薬剤師は環境衛生に関与します。医薬品だけでなく、高度な衛生化学の知見も必要です。
行政機関
都道府県庁や保健所・警察署などの行政機関で働く行政薬剤師は、勤務先によって業務内容が異なります。
衛生研究所では、食品・水質・環境などに関する試験検査や調査研究がメインとなるでしょう。国の検疫所や地方自治体の保健所では、食品衛生監視員として、食品の安全管理や指導・検査などを行います。
厚生労働省管轄の薬務課や保健所に配属された薬剤師は、薬事監視員として、医薬品の製造業者や輸入業者・販売業者などを立ち入り調査します。
社会で活躍する薬剤師の役割
薬局や病院といった医療に関わる場所に勤務する薬剤師が多い中、競技スポーツの世界や薬物犯罪の現場で活躍する人もいます。薬物・薬剤のプロフェッショナルとして、どのような役割を担っているのでしょうか?
スポーツ選手のドーピング防止
ドーピングとは、競技能力や運動能力などを高める目的で、禁止薬物や物質を不正に使用すること(またはその行為を隠すこと)です。
日本では、本人に不正を働く意思がなくても、風邪薬やサプリの摂取などにより陽性になる「うっかりドーピング」が多いのが実情です。
薬剤師は、ドーピングのルールや禁止物質に詳しい専門家として、競技者やスポーツ愛好家に情報提供やアドバイスをします。ドーピングを未然に防ぎ、健全なスポーツ環境を守ることが薬剤師の使命といえるでしょう。
日本薬剤師会では「薬剤師のためのアンチ・ドーピングガイドブック 2022年版」を発刊し、薬剤師にアンチ・ドーピング活動への参画を呼びかけています。
参考:『薬剤師のためのアンチ・ドーピングガイドブック 2022年版』について |日本薬剤師会
違法薬物の取り締まり
警察署で働く行政薬剤師は、警察官とともに薬物犯罪や違法薬物の取り締まりに従事します。自らが捜査に加わったり、押収した薬物の成分を調査したりと、違法薬物の撲滅に貢献するのが主な役割です。
違法薬物の売買や医療用の麻薬の横流しなどを取り締まる職種に、麻薬取締官があります。麻薬取締官の採用試験に応募するには、国家公務員一般職試験(大卒程度)に合格するか、薬剤師または薬剤師試験の合格者であることが必要です(その他にも要件あり)。
麻薬取締官は厚生労働省の職員ではありますが、薬物事件に関しては警察と同等の権限を持っています。
参考:麻薬取締官 - 職業詳細 | job tag(職業情報提供サイト(日本版O-NET))
災害時に活躍する薬剤師の役割
日本は、地震・台風・大雨・火山噴火などの自然災害が多い国です。大規模災害時は医療品や医療資材が不足しやすく、命の危険に晒される人も増えるでしょう。薬剤師には、医療関係者と連携し、迅速かつ的確な医療救護活動に務める役割もあります。
服薬指導や薬の割り出し、医療品の供給
被災地域の避難所や救護所では、以下のような医療品の管理や供給、患者に対する服薬指導などに従事します。
- 薬の割り出し
- 服薬指導・薬事相談
- 医薬品の受入れ・仕分け・在庫管理
- 不足医薬品の要請
- 市販薬の配布
- ボランティア薬剤師への指示
大規模災害時に、お薬手帳を持って避難する被災者はそう多くはありません。薬の名前を覚えていない患者に対しては、薬の形状や色などを質問しながら薬を割り出します。
不足すると予測される医薬品については、品名や数量をリストアップし、医薬品卸業者に協力を要請します。
医師への処方内容の提案
医療救護班の医療チームに加わった薬剤師は、医薬品やその使用について、医師や看護師などに情報を提供します。
大規模災害の現場では医薬品が不足する可能性が高く、限りある中で最良の治療を提供しなければなりません。医師に対して同種同薬効薬や代替薬を提案し、1人でも多くの患者の命を救えるように尽力します。
普段と異なる医薬品を処方せざるを得ない医師にとって、薬剤師の存在は心強いでしょう。
薬剤師がキャリアアップするには
薬剤師の資格は一生もので、活躍できる場も年々増えています。現状に甘んじることなく、年収をアップさせたい・できる仕事の範囲を広げたいという人は、専門性に磨きをかけましょう。
プラスの資格取得にもチャレンジを
薬剤師が目指せるワンランク上の資格として、「認定薬剤師」と「専門薬剤師」があります。
認定薬剤師は、薬剤師認定制度が定める研修や実技を通じ、一定の専門知識や技術を持つと認められた者に与えられる資格です。自分のスキルの高さを客観的に証明できるため、転職時に有利に働くでしょう。以下は認定薬剤師が認定される領域の一例です。
- 妊婦・授乳婦薬物療法認定薬剤師
- がん薬物療法認定薬剤師
- 感染制御認定薬剤師
- HIV感染症薬物療法認定薬剤師
- 精神科薬物療法認定薬剤師
各領域で認定薬剤師として実務経験を積めば、専門薬剤師への道が開けます。専門薬剤師は、各専門分野における薬物療法のスペシャリストで、「他の薬剤師に対する指導的役割を果たし、研究活動も行える能力を有することが認められた者」と定義されます。
病棟や地域包括センターでは、医師や看護師と連携して高度な薬物療法を提供できるため、仕事にやりがいをより感じられるでしょう。専門薬剤師の認定試験は、認定薬剤師の認定(領域別)を受けていることが前提です。
参考:クローズアップ 認定・専門薬剤師-活躍する薬のエキスパート-|一般社団法人 日本病院薬剤師会
薬剤師は重要な役割を果たしている
薬剤師の多くは、調剤薬局で調剤や服薬指導に従事しますが、病院や製薬会社・化粧品会社などで働く人も一定数います。仕事内容や役割には若干の違いがあるものの、国民の健康な生活を確保するという役割は共通しています。
今後は少子高齢化がさらに進み、医療や医薬品を必要とする人が右肩上がりに増えるでしょう。社会における薬剤師の重要性は一層高まると予想されます。
もっと活躍できる場所を知りたい・新たな環境でチャレンジしたいという薬剤師は、求人数に強みのあるスタンバイで自分が輝ける仕事を探してみましょう。
調剤薬局、医療専門広告代理店などの勤務を経て、2012年にフリーランスライターとして独立。薬剤師とライターのパラレルキャリアを続けている。人だけではなく動物の医療、介護、健康に関わる取材・ライティングも行う。
著書:
犬の介護に役立つ本(山と渓谷社)
薬剤師ライター仕事百科
監修者のコメント
薬剤師の活躍の場は多くありますが、保険調剤薬局というひとつの業界を見ても、個性豊かな薬局が多くあることが分かります。たとえば、漢方相談やOTC医薬品のカウンセリング、アンチ・ドーピング活動を積極的に行う薬局などです。キャリアアップ、スキルアップを目指すなら、自分が挑戦してみたい分野に注力している薬局ではたらくのも選択肢のひとつになるかもしれません。