仕事をしていても身が入らない、自分に向いているのか分からないなど漠然とした不安を感じる人もいるでしょう。そのような状態は、心理学用語でいう「モラトリアム」かもしれません。その定義や脱却する方法を把握し、前向きな生活を送りましょう。
この記事のポイント
- モラトリアムの定義 元々は猶予や一時停止を意味する言葉です。心理学の領域において、成人を控えた人が大人の責任を猶予される期間を指します。
- モラトリアム人間とは
- 一般的な人よりも長い期間をかけて自分探しをする、就職を延期する人などを指します。モラトリアム人間は、全部で5つの構成要素を含みます。
- モラトリアム人間の脱却方法
- 他人と積極的にコミュニケーションを取る、読書や旅行に行くなど、自分と向き合う時間や機会を作ります。
モラトリアムとは?分野別に意味を解説
モラトリアムは「猶予」や「一時停止」の意味を持つ言葉です。領域によって定義が異なるため、主要な分野での意味を確認しましょう。
まずは「金融・政治・経済分野」と「心理学分野」それぞれの意味について確認していきましょう。なお、この記事では主に心理学分野の定義を使います。
金融・政治・経済でのモラトリアム
企業や個人が、何らかの理由で経済的困窮に陥ったときに、借金などの債務の支払いを猶予する措置を指します。自然災害や金融危機時に混乱を避けるため、国が猶予措置を設けることもあります。
リーマンショック翌年の2009年、日本では中小企業の資金繰りをサポートする目的で「中小企業金融円滑化法」が制定されました。金融機関からの借入条件の緩和や返済を猶予するための法律です。
一部の中小企業は、この法律を利用して返済条件の変更(返済の一定期間猶予)を行っています。別名で「モラトリアム法」と呼ばれるのは、猶予の意味を含むためです。
政治分野では、法律を公布してから施行するまでの期間の意味で使われます。また、死刑執行を一時的に停止する「死刑執行モラトリアム」などもあります。
心理学でのモラトリアム
心理学領域では、社会的な責任を猶予される期間を指します。自分のアイデンティティーを模索する時期として、発達心理学者のエリク・ホーンブルガー・エリクソンが提唱しました。
心理学分野の定義を使うことが多く「モラトリアム人間」といった派生語も使われるようになりました。通常よりも長い期間自分探しをする、仕事に就くのを先延ばしにする人などを指します。
モラトリアム人間に当たる人が抱える症状を「アイデンティティ拡散症候群」とも呼びます。青年期特有の大人になる不安により、いつまでもアイデンティティを確立できない状態です。
大人への準備が青年期にできないと、さまざまな問題を起こします。長い空白期間は就職を難しくし、仕事に就けても転職を繰り返してスキルアップができないなどの困難にも直面することもあるでしょう。
モラトリアム人間の特徴とは
モラトリアム人間の特徴を整理してみましょう。以下のような特徴を持っている人は要注意です。
- 自分自身を理解していない
- 自分に自信が持てず、社会に出るのが不安
- 決断できない
- 大人としての責任やプレッシャーを感じたくない
自己分析が十分でない人は、自分の特徴や性格、向いていることなどが分かりません。今後の方向性が定まらないことから具体的な行動に移せず、結果が出ないため自信もつきません。
自信がない上に不安が大きいと決断は困難です。大人になれば、不確定な要素が多い中で決断や選択をしなければなりません。モラトリアム人間は、その責任を回避したいと考えてしまうことが多いようです。
モラトリアム人間の5つの構成要素
モラトリアムは複数の因子から構成されると考えられています。その因子とは「回避」「拡散」「安易」「延期」「模索」です。
実際には複数の因子が影響し合っており、人によって状態も異なります。ここからは、それぞれの因子を詳しく見てみましょう。
1.回避
社会的責任を持つことを嫌がり、直面することを回避したがる傾向があります。大人になることへの不安や準備不足が主な理由で、就職や結婚などを自分自身のこととして考えられません。
友人や同級生などとつながりを持つと、自分も周囲と同じく将来について考え、社会に関わらなくてはなりません。そのため、外へ出ず引きこもりになるなど世界を閉ざしてしまいます。
現状を維持することに注力するため、パートやアルバイトなどの非正規労働を続けて定職に就かない人もいます。この状態を続けることで、経済的にも厳しくなりがちです。
2.拡散
大人になると自由な選択肢が多様にあるため、自分自身で決断できない人がいます。将来のことを考えたい一方で、それぞれの選択肢が持つ良い面や悪い面を考慮すると、1つに決められません。
心理学上のモラトリアムは自己分析を行い、アイデンティティを確立する時期です。多くの選択肢の中から自分の意思で決められるよう、拡散に対峙する人は多いでしょう。
自分の価値観や進みたい方向などを理解すれば、取る選択肢も自然に分かるようになります。自分で選択肢を見極めて意思決定ができるようになれば、脱却も可能です。
3.安易
自分の考えや意思を持たず、周囲の意見に流されてしまう人は安易の特徴を持っています。自分の将来を真剣に計画しておらず、行き当たりばったりの決断をしがちです。
いつも家族や友人の行動をまねする、言われるがままに行動するなど、何事も自分自身で決められないのが特徴です。深く考えずに決断するため、後悔することも多いでしょう。
例えば、誘われた就職先に何も疑わず就職する、他の条件を確認せずに給与など一部のメリットだけを見て決めてしまうなどです。行動している分、モラトリアムに見えづらいかもしれません。
集団行動では他の意見に同調し、自己主張はしない傾向もあります。その場しのぎの行動を取り、終始受動的な態度をするのも特徴の1つです。
4.延期
延期は、社会的な責任が生じるまでの期間を意図的に先延ばしする状態です。就職するまでの学生時代や仕事が始まるまでの期間は、自分の好きなことをして過ごそうと考えます。
自分自身でモラトリアムの自覚があるため、いずれ切り替えなければならないことは理解しています。就職して働き始めたら、多くの場合モラトリアムを抜け出せるでしょう。
回避とは異なり、自分自身や将来に向き合うための時間と捉えています。そのため、自己分析や情報収集を行っている時期なのかもしれません。
しかし、中には期限間近になっても脱却できない人もいます。もう少し時間が必要、今はまだ決められないと先延ばしにしてしまうと、いつまでも同じ状態を繰り返します。
5.模索
具体的に将来について考え、向かう方向性を積極的に考えている状態が「模索」です。この状態は、エリクソンが提唱する青年のモラトリアムに似ており、脱却できる日は近いといえます。
大人になる心理的な不安や恐怖はなく、ポジティブに自分の適性や目指したい方向性を見定めている状態です。自己理解を深めるために、新しいことにチャレンジする人もいるでしょう。
周囲から見ると、行き当たりばったりの行動をしているように見えるかもしれません。しかし、実際には自分自身の向き不向きを確認している可能性もあります。
模索は5大要素の中で最もポジティブな状態ですが、長期化すると目的を達成できずにモチベーションも低下します。いつまでに方向性を決めるなど、計画的に行動すると成功しやすいでしょう。
モラトリアムから脱却するための方法
青年期には多くの人がモラトリアム状態を経験します。大人になるための準備段階のため、この期間があることは至って普通です。
しかし、長く脱却できないでいると社会生活に支障をきたします。該当するかもしれないと不安に感じたら、脱却する方法を考えましょう。
自分の考えを文章化して客観的に判断する
自分の状況を客観的に捉えるのは、どのような状況にある人でも難しい行為です。しかし、難しいからと逃げていては自己分析ができません。まずは、自分の考えを文章化してみることから始めましょう。
自分の長所が思い浮かばない、友人と比べると自分にはできることが少ないなど、現実と向き合うことに恐怖を感じるかもしれません。しかし、どのような人にも長所や得意なことはあります。
頭で考えるのではなく、可視化することが大切です。ノートなどに思い付く限り得意なことなどを書いてみるとよいでしょう。次第に、頭に浮かんだ抽象的なものを客観的に認識できるようになります。
思考やアイデアを文章化すると、漠然としていた考えが明確化し、自分なりに整理できます。このメタ認知は、モラトリアムだけでなく、仕事などさまざまな面で活用可能です。
読書や旅行で新しい知識を増やす
モラトリアムが生じる青年期は、大学生活を送る人も多くいます。大学生は自分の時間を取得しやすい時期のため、まとまった時間を利用して新しい知識を獲得するのも効果的です。
普段読まないジャンルの本を読んでみるのもよいでしょう。哲学や文学の本を読む中で、人生や自分自身と向き合う機会が増え、新しい考えや目標が見つかるかもしれません。
大学には図書館もあるため、時間さえあれば何冊でも読めます。自分と向き合う時間がたくさんある在学中に思う存分利用しておきましょう。
また、1人旅に出て自分と向き合う時間を作るのもおすすめです。旅先でさまざまな出会いを経験し、社会の一員としてやりたいことを考えるのもよいでしょう。
勉強時間を確保して、資格を取得するのもアイデアの1つです。専門的な知識が身に付き、スキルアップできるだけでなく、自己肯定感も高まります。
他者と交流する機会を設ける
他人との関わりを広げる行動も、モラトリアム脱却に有効な手段です。1人で考え行動するのも不可欠ですが、さまざまなバックグラウンドを持つ人との交流から新たな視点や刺激が得られます。
学生時代は、サークル活動など多様な人が集まる集団に参加する機会もあるでしょう。また、アルバイトや趣味の集まり、ボランティアなど校外でも出会いのチャンスはたくさんあります。
自信がないと、積極的に他人に話しかけられないかもしれません。しかし、他人の多様な価値観や考えに触れることで自分の独自性に気が付き、アイデンティティの確立にも役立ちます。
自分が社会の一員として認められていると実感できれば、自信にもつながります。他者とのつながりを求めて、出会いの機会を積極的に利用しましょう。
モラトリアムの期限を決める
積極的に行動してもなかなか思うように行かず、だらだらと続けてしまうこともあります。しかし、長期的な取り組みはモチベーションを低下させるため、期限を決めて行動するようにしましょう。
猶予を1カ月間と決め、期間中は集中して遊び、その後は具体的に行動すると自分自身と約束します。期限を決めると時間の使い方が有意義になり、無駄な時間を過ごすことも防げます。
資格取得の場合は試験日が固定されているため、その日から逆算すれば猶予期間も定まるでしょう。勉強に必要な時間を想定すれば、猶予期間は自然と決まります。
ゴールを設定して達成するサイクルを繰り返せば、自信にもつながります。期限を決めることで、漠然として何もできない状況から抜け出すきっかけになるでしょう。
モラトリアムと似ている状態を表す用語
一般的に用いられるモラトリアムの定義は、青年が成人するまでの猶予期間です。モラトリアムから抜け出せない人をモラトリアム人間と呼びます。
混同しやすい用語が「アイデンティティ症候群」と「ピーターパン症候群」です。ここからは、この2つとの違いについて考えていきましょう。
アイデンティティ拡散症候群
青年期に自分のアイデンティティが確立できず、一時的に自分が何者かを見失っている状態です。エリクソン理論の「拡散」状態にある人を指します。
選択肢が多過ぎて決められないアイデンティティの拡散は、多くの人が青年期に経験するでしょう。自分の存在を肯定できない、どうしたらよいか分からないなどの状態に陥ります。
この状態が長く続くと自己肯定感は低下し続け、精神的に強いストレスを感じます。不安や混乱がひどくなれば、うつ病やパーソナリティ障害などを引き起こしかねません。
その場合は、医学的な対処により自分の内面と向き合う必要があります。しかし、課題を乗り越えればアイデンティティを確立できます。
ピーターパン症候群
成人しても大人になりきれず、自己中心的な行動を取る人のことを「ピーターパン症候群」と呼びます。ピーターパンの話のように、大人への成長を拒む状態です。
この症状が強くなると、安心できる環境から外に出ようとしなくなります。さまざまな現実を受け入れられず、逃避に走ります。無責任で他者への依存性が強く、社会性がないのも特徴です。
また、自分の感情をコントロールするのが苦手で、困難やストレスに直面すると感情的になる側面もあります。冷静な対話ができないため、良好な対人関係の構築が困難です。
ピーターパン症候群は心理学用語であり、医学的な疾患名ではありません。しかし、これらの特徴があれば、カウンセラーなど専門家のサポートを受けてみましょう。
モラトリアムから脱却して転職しよう
社会に出たら多数の選択肢の中から自分で最適なものを決断し、その結果に責任を持たなくてはなりません。時には社会的責任から逃れたい、もう少し考える時間が欲しいと思うこともあります。
自分はモラトリアムかもしれないと感じたら、自分と向き合い、やりたいことを見つける時間を作りましょう。
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