職場でのパワハラは、社会問題にもなっています。パワハラ対策のための「パワハラ防止法」とはどんな法律なのでしょうか? パワハラ防止法の概要や、パワハラを受けたときの対処方法について解説します。そのほか、パワハラの定義も知っておきましょう。
パワハラ防止法とは
ハラスメント問題を解決するため、2020年より「パワハラ防止法」が法制化されています。パワハラ防止法の中身や、対策の義務化が始まった背景を見ていきましょう。
パワハラ防止を義務付ける法律
パワハラ防止法の正式名称は、「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」です。労働施策総合推進法とも呼ばれます。
職場でのさまざまなハラスメント行為を防ぐため、2020年の改正で法制化されたものです。ハラスメントの対策を行うことにより、従業員にとって働きやすい環境が生まれます。
パワハラ防止法は、事業主側の対策を義務付けた法律です。大企業は2020年、中小企業は2022年より、パワハラ対策を行うことが義務付けられています。
働き方改革・相談件数の増加が背景
総合労働相談の件数を見ると、10年連続で100万件を超えるなど深刻な問題となっています。中でも、いじめや嫌がらせに対する相談が6年連続で最多です。
労働相談の増加や内容が、パワハラ防止法の制定につながったと考えられます。
長時間労働の是正や多様な働き方をサポートする「働き方改革」でも、対策について検討されています。しかし、これも義務のない提言にとどまっていました。
法律として事業主に対策を義務付けることで、パワハラに対する意識を多くの人が共有し、減少につなげることが目的と言えるでしょう。
そもそもパワハラとは?
パワーハラスメントの略語である「パワハラ」は、どのように定義されているのでしょうか? どのような例がパワハラに該当するのか、厚生労働省が定める基本的な指針を解説します。
厚生労働省による定義
厚生労働省は、パワハラを「相手に対して優越性がある立場の者が、業務の範囲を超え就業に害を与えること」と定義しています。
優越性・業務の範囲を超える行為・就業に害を与えることの3つがすべて該当する場合、パワハラと考えられます。
優越性とは、上司と部下のように立場に優位性がある関係のことです。ただし、同僚同士や部下から上司への対応でも、抵抗が難しい場合は該当します。
なお、パワハラには暴力だけでなく、精神的な嫌がらせや就業を困難にする行為も含まれます。人格否定のような発言や膨大な仕事を与えるなど、業務上の注意を超える叱責・要求はパワハラとみなされる可能性が高いでしょう。
職場におけるパワハラの例
職場で発生するパワハラは、主に5種類に分類されます。それぞれの特徴や具体例を見ていきましょう。精神的攻撃や人間関係からの切り離しなど、判断が難しいものもあります。
①暴力を伴う「身体的攻撃」
身体的攻撃は、相手の体に対して暴行や傷害を加えることです。叱責とともに殴りつける、故意にぶつかってけがを負わせるような行為が該当します。
頭を小突くといった軽いものであっても、相手が暴力と感じた場合はパワハラとなります。
殴る、蹴るといった直接的な暴力だけでなく、胸ぐらをつかむ、必要な場面で椅子を使わせないなど間接的な暴力も身体的攻撃です。
パワハラの中でも、判断しやすいものと言えるでしょう。
②脅迫・暴言など「精神的攻撃」
パワハラと判断される精神的攻撃は、脅迫や暴言です。しかし、業務上の注意にとどまる場合は該当しません。叱責される側の行動も関係してきます。仕事をさぼる、過度な遅刻など注意される要因があれば、度重なる叱責があっても注意と考えられるでしょう。
「成績が振るわない場合は殴る」といった脅しや、業務とは無関係な人格攻撃はパワハラと判断されます。感情のままに「おまえは馬鹿だから失敗する」と怒鳴りつけるのは、人格攻撃です。注意であっても、できる限り冷静に事実を伝えなければなりません。
何時間も怒鳴り続ける、人前で過剰に叱責するなど度を超した注意が続くと、パワハラと判断されることもあります。
③孤立させる「人間関係からの切り離し」
暴力と暴言以外に、職場での孤立を生む行為もパワハラと認定されるケースがあります。
業務上必要な申し送りや注意事項を伝えない、全員で無視をして質問に答えないなどの行為は「就業環境に害を与える」と判断されるでしょう。
業務上不必要なときに1人だけ別室での作業を命じ、本人の希望を聞かず隔離することもNGです。
ただし、無視や伝達ミスは故意による行動かが判断しにくく、パワハラの判定が難しくなります。たまたま聞こえていない、連絡を失念していたというケースもありえるためです。
④極端な要求「過大・過小な要求」
過大・過小な要求は、パワハラと判断されます。
明らかに終わらない量の仕事を与えて業務時間内に終わらせるよう命じると、「過大な要求」です。かつ、他の従業員と大きな差があれば、不当に嫌がらせをしていると受け取れるでしょう。
膨大な量のデータ入力を短時間で終わらせるよう言いつけ、達成できないときは激しく叱責するような行為が当てはまります。
反対に仕事を与えず、業務時間中、1人だけ席で座っていることを強要するのは「過小な要求」です。意味のない作業を延々とさせるのも、ハラスメントに該当します。
⑤プライベートが侵される「個の侵害」
プライベートの侵害は、パワハラやセクハラにつながります。交際相手や配偶者についてしつこく質問するのは、ハラスメントです。結婚や交際は、業務に関係がありません。
個人のスマホやメールをのぞき見する行為や、有給休暇の理由を執拗に聞くこともプライベートの侵害になります。有給休暇は理由を問わず取得することが認められており、具体的な内容を報告する義務はありません。
仕事に関係ないプライベートを詮索されると、精神的な苦痛を感じることもあります。相手がコミュニケーションの一環と考えている場合は、ハラスメントであることを理解してもらう必要があるでしょう。
パワハラを受けやすい人の特徴
パワハラを受けやすい人は、どんな特徴を持っているのでしょうか? 当てはまったとしてもパワハラを受けるとは限りませんが、よくいわれる特徴を見てみましょう。
おとなしく、まじめな性格
おとなしくまじめな人は、多少無理を言っても言い返さずに従ってくれると思われる可能性があります。暴力や暴言で相手を従わせようとする人のターゲットになりやすいと考えられるでしょう。
極端に多い仕事を回されても、1人でなんとかしようと頑張ってしまうかもしれません。まじめで、周囲に対する気遣いを大切にする人は、パワハラの発覚が遅くなることがあります。
しかし、仕事や雑用を押しつけやすいからと、パワハラをしていいわけではありません。何かあったときは周りに相談することが大切です。
職場内での人間関係が薄い
職場内に親しい仲間が少ない場合、パワハラのターゲットになりやすいと考えられます。他の人から見えない場所で攻撃をしやすく、パワハラについて相談できる相手が少ないと思われるためです。
職場で多くの仲間に囲まれている人は、味方もたくさんいます。味方が多い人にパワハラのような言動をした場合、周囲から悪い感情を持たれてしまうでしょう。
多くの人から反感を買わないために、1人で行動する人をねらうことはありえます。
たとえ職場内で孤立しているとしても、ターゲットになってよいことにはなりません。周囲に相談しにくいときは、外部の機関や職場内の窓口を利用することも検討しましょう。
能力や容姿など、嫉妬されやすい特徴を持つ
パワハラは、能力や魅力のある人にも起こりやすいトラブルです。周囲の嫉妬や焦りによって、嫌がらせをされることがあります。
仕事の面で優秀な人は、周囲から頼られるだけでなく「顧客を取られる」「ポジションを奪われる」といったやっかみも受けやすいでしょう。
また、容姿端麗で周りからちやほやされていることに、嫉妬心をおぼえる人もいます。
相手が気に入らないからといって、パワハラをすることは認められません。無理な要求や嫌がらせがあったときは、職場内で対策を考えてもらいましょう。
パワハラをする人の心理
パワハラをする人は、どういったことを考えているのでしょうか? 本人の性格的な問題や、コンプレックスが影響していることもあります。本人に自覚がないケースも含め、よくあるパターンを見ていきましょう。
自己中心的で支配欲が強い
パワハラで相手を従わせようとする人は、周囲に対する支配欲が強く、自分の考えが正しいと思っています。自分の都合が大切なので、相手の気持ちを考えることはありません。
自己中心的になりがちで、苛立ちをぶつけてくることもあります。特別な事情はなく、ストレスのはけ口としてパワハラのような言動を取りがちです。
自分の意に沿わない人に対して、脅しや嫌がらせをすることも考えられるでしょう。自己中心的な人に対応するには、職場全体でパワハラ対策を行う必要があります。
個人に対する嫉妬心がある
個人への嫉妬心は、パワハラにつながります。心の中で思っているだけであれば大きな問題にはなりませんが、嫌がらせや暴言といった行動になるとパワハラです。
コンプレックスや自信のなさから、嫉妬心が強くなることもあります。有能な人や周囲からかわいがられている相手に対して、「なぜあいつだけ優遇されるのか」と怒りがわくのです。
虚勢を張っている人は、自分より有能な相手に立場を奪われたくないという警戒心から、嫌がらせをしてしまいます。
コンプレックスが大きい場合、「自分を苛立たせる相手が悪い」と自己正当化に走ることもあるでしょう。
パワハラの自覚がない場合も
本人がコミュニケーションや指導のつもりでやっていることが、相手から見るとパワハラであることもよくあります。
悪気のないパワハラは、本人に気づいてもらうことで改善が見込めるでしょう。
例えば、口調が荒く注意のつもりが暴言に聞こえることはありえます。コミュニケーションのつもりで、プライベートを詮索してしまう人もいるでしょう。
どんな行為がパワハラに該当するのか具体例を職場で共有することで、無意識のパワハラを防げるはずです。
パワハラを受けた場合の対処法
パワハラを受けてしまったときは、どう対応すればよいのでしょうか? パワハラをしてくる相手への対処や、相談の方法を解説します。解決が難しいときの最終手段も知っておきましょう。
理不尽な要求はきっぱり断る
パワハラを受けた場合、できないことはきっぱり断ることも大切です。無理をして要求を受け続けると、さらにエスカレートする可能性があります。
失礼にならないよう言葉を選び、理不尽な要求に負けない意志を伝えましょう。
相手によっては、要求を断ることでパワハラを強めてくる可能性もあります。スキルを身につけ対応することで、「嫌がらせしても効果がない」と相手に感じさせるのも対策になるでしょう。
周りから援護してもらえるよう、事前に味方を作ることも大切です。多くの人から反論があれば、パワハラをする人も考えを変えるかもしれません。
パワハラを受けたからといって相手に報復するのは、避けた方がよいでしょう。トラブルが大きくなり、余計に問題が悪化する可能性があります。
上司や専門窓口に相談する
パワハラ防止法により、企業には相談窓口の設置が義務付けられています。まずは、上司か窓口の担当に相談しましょう。上司からパワハラを受けているときは、さらに立場が上の人へ相談すると、対策しやすくなります。
社内での相談が難しいときは、社外の専門窓口への相談を検討しましょう。例えば労働基準監督署では、総合労働相談コーナーでハラスメントに関する相談を受け付けています。
どこに相談する場合でも、パワハラの証拠を集めることが重要です。暴言の録音や映像の録画は明確な証拠になります。第三者から見てパワハラであるのか判断できるよう、客観的な証拠を集めましょう。
メモにパワハラを受けた内容や日付を書いていくだけでも、証拠となる可能性があります。周囲にいた人が証言できるよう、状況も詳しく記載しておきましょう。
深刻な場合は異動・転職を考える
解決が難しくパワハラが続くときは、異動や転職を検討しましょう。まずは社内の相談窓口にパワハラについて相談し、その上で異動を打診します。
ただし、企業によっては短期間での異動が難しいことも考えておきましょう。希望部署へ異動できるかも、状況によります。
解決しがたいパワハラが続き、異動も難しいときは転職も考えるべきです。働く場所が変われば、新しい人間関係を築けます。
暴力・暴言から身を守ることは、甘えではありません。どうしても解決できないときは、疲弊する前にその場から離れることも大切です。
理不尽な処遇にはしかるべき対応を
職場でのパワハラは、パワハラ防止法によって対策が義務付けられています。万が一パワハラを受けたときは、社内の窓口に相談しましょう。
ただし、強い口調で注意を受けたとしても、業務上の注意にとどまるときはパワハラと判断されないケースもあります。何がパワハラに該当するのか、定義を知った上で相談を検討しましょう。
社内で解決できないときは、外部の相談窓口や転職という選択肢もあります。まずは身を守るために、行動を起こしましょう。
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はじめてでもわかる 簿記と経理の仕事 '22~'23年版 (2022~2023年版)