近年、男性の育児参加が推進される一方で、男性従業員に対する職場での「パタニティハラスメント」が問題になっています。
ハラスメントが多発する職場は、安心して働ける環境にあるとはいえません。当事者はもちろん、従業員全体の仕事へのモチベーションが低下し、業績の悪化やイメージダウンにつながる可能性もあります。
パタニティハラスメントの定義や具体的な事例、防止するための対策について解説します。
この記事のポイント
- ・パタニティハラスメントとは?
- パタニティハラスメント(パタハラ)は、男性従業員が育児休業などの制度を利用することを理由に受ける嫌がらせや不利益な扱いを指す言葉です。
- ・パタニティハラスメントにはどのようなものがある?
- パタニティハラスメントは、「不利益な取り扱いを示唆する行為」「制度の利用に対する希望や利用自体を妨害する行為」「制度を利用したことにより嫌がらせを行う行為」の3種類に大きく分けられます。
- ・パタニティハラスメントが発生する原因は?
- パタハラが発生する原因として、性別に対する無意識の偏見、企業における育休制度の整備不足などが挙げられます。
パタニティハラスメントとは?

パタニティハラスメント(パタハラ)は、男性の育児参加が推進される中で、社会問題として注目されています。しかし実際にどのような行為がパタハラに該当するのか、また法的にどのような位置づけなのかを正確に理解している人は少ないかもしれません。
パタハラの基本的な定義や女性が受けるマタニティハラスメントとの違いを確認しましょう。
パタニティハラスメントの定義
パタニティハラスメント(パタハラ)とは、男性従業員が育児休業などの制度を利用することを理由に受ける嫌がらせや不利益な扱いのことです。英語で父性を指す「パタニティ(paternity)」と「ハラスメント」を合わせた言葉で、「父親となった男性に対する嫌がらせ」を意味します。
パタハラは、厚生労働省によって「職場における妊娠・出産・育児休業・介護休業などに関するハラスメント」の一種と位置づけられている存在です。
育児・介護休業法では、事業主に対して育児休業などに関するハラスメントを防止するための措置を義務付けており、これは職場環境の悪化を防ぐことが目的です。
近年の男女共同参画社会への価値観の変化に伴い、男性の育児参加を阻害するパタハラ防止の重要性が高まっています。
出典:育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律|e-Gov 法令検索
マタニティハラスメントとの違い
パタニティハラスメント(パタハラ)とマタニティハラスメント(マタハラ)の違いは、ハラスメントの対象となる性別です。パタハラは男性従業員が、マタハラは女性従業員が対象とされます。「マタニティ(maternity)」は、「母性」や「妊婦の」といった意味を持つ英語です。
妊娠・出産・育児に関連する嫌がらせという点が、両者の共通点といえます。パタハラは、男性が育児に参加するために育休取得や短時間勤務制度などを利用しようとする際に受ける嫌がらせです。
一方、マタハラは女性の妊娠・出産・育児が業務に支障をきたすという理由で、退職を促したり精神的に追い詰めたりする行為です。どちらも法律で禁止されており、企業には防止措置を講じる義務があります。
パタニティハラスメントの実態

男性の育児参加が推進される現代社会において、職場でのパタハラはどれほど発生しているのでしょうか。注目すべき調査結果や被害の内容、その発生頻度など、客観的な事実から現状を把握することが重要です。
このような状況が生まれる背景や、企業環境における課題についても理解を深めていきましょう。パタハラがなぜ今、社会問題として注目されているのか、その本質的な理由も含めて解説していきます。
パタニティハラスメントが注目される理由
パタニティハラスメント(パタハラ)が社会問題として注目される背景には、日本の少子高齢化問題と働き方改革の推進があります。少子化対策の一環として、男性の育児参加が強く求められるようになりましたが、実際には職場での理解不足が障壁です。
2023年に厚生労働省が実施した調査によると、過去5年間に育児休業制度などの利用を検討した男性労働者の約24%がパタハラを経験しており、これが育休取得をためらう要因となっています。男性の育休取得率向上は国の重要政策でありながら、「男性は仕事、女性は家庭」という昔ながらの固定観念が根強く残っているのも事実です。
また、慢性的な人手不足や長時間労働が常態化している職場環境も、パタハラが発生しやすい要因といえます。同僚の育休取得により業務負担が増えることへの不満が、ハラスメント行為につながるケースも少なくありません。
出典:令和5年度 厚生労働省委託事業 職場のハラスメントに関する実態調査報告書
パタニティハラスメントの現状
同調査では、管理職の立場にある男性は33%と、より高い割合でパタハラ被害に遭っていることが明らかになりました。
被害の内容としては、上司や同僚による「育休制度の利用妨害」が最も多く、続いて「継続的な嫌がらせ」や「不利益な配置変更」が報告されています。これらの被害により、仕事への意欲低下やコミュニケーション減少、さらには不安感や不眠といった身体的トラブルも生じています。
パタハラの被害頻度も深刻で、「時々」と「何度も繰り返し」を合わせると、全体の7割以上が複数回の被害を受けており、特に従業員規模が小さい企業ではより頻繁に発生する傾向があります。このような状況から、多くの男性が育休取得を断念せざるを得なくなっているのが現状です。
出典:令和5年度 厚生労働省委託事業 職場のハラスメントに関する実態調査報告書
パタニティハラスメントの3分類と具体例

パタニティハラスメントが発生する具体的なケースは、大きく3つに分類できます。「不利益な取り扱いを示唆する行為」「制度の利用に対する希望や利用自体を妨害する行為」「制度を利用したことにより嫌がらせを行う行為」の3分類です。
これらは育児・介護休業法で明確に禁止されており、違反した企業には罰則が科される可能性もあります。それぞれの具体例や法的な問題点について、順に見ていきましょう。
不利益な取り扱いを示唆する行為
パタハラの代表的な類型の1つが、育児休業の取得によって不利益な取り扱いがあると示唆する行為です。例えば、「育休を取るなら昇進は諦めてもらうよ」「評価が下がるかもしれないね」といった発言は、明らかなパタハラに該当します。
育児・介護休業法において、育児休業の申し出や取得を理由とした不利益な取り扱いは明確に禁止されている行為です。具体的には、解雇や契約更新の拒否はもちろん、降格、減給、賞与などでの不利益な算定、昇進・昇格における不利益な評価などが禁止対象とされています。
特に人事評価に関して注意すべき点として、育休取得期間を評価対象から除外すること自体は問題ないものの、育休期間を超えて昇進・昇格の選考対象から外すことは不利益な取り扱いに該当します。
例えば「3年連続一定以上の評価」という昇格要件がある場合、育休取得前の実績を無視して再度3年間やり直させるような制度は違法です。
制度の利用に対する希望や利用自体を妨害する行為
パタハラにおいて特に多いのが、制度の利用を妨害する行為です。「育児休業を取得したい」という相談に対し、「今は忙しいから無理」「男性が育休を取るなんてあり得ない」などと拒否したり、育休取得を諦めさせたりする行為が該当します。
厚生労働省の調査によると、パタハラ被害者の多くが制度利用の妨害を経験しており、その結果として育児休業の取得を断念するケースが最も多く報告されています。特に「うちの部署は人手不足だから」「前例がない」といった理由で制度利用を認めないことは、明らかな違法行為です。
このような妨害行為は、単に個人の権利を侵害するだけでなく、男性の育児参加を阻害し、ワークライフバランスの実現を妨げる大きな障壁といえます。育児・介護休業法では、労働者の正当な制度利用の権利を保障しており、会社側には育休取得希望者の申し出を拒否する権限はありません。
法で定められた除外事由に該当しない限り、「育休は取らせない」という会社側の対応は違法行為であることを認識しておきましょう。
出典:令和5年度 厚生労働省委託事業 職場のハラスメントに関する実態調査報告書
制度を利用したことにより嫌がらせを行う行為
パタニティハラスメントの3つ目の類型として、「制度を利用したことにより嫌がらせを行う行為」があります。これは育児休業を取得した後に発生するハラスメントです。
育休から復帰した男性従業員に対して、「お前のせいで仕事が増えた」と嫌がらせメールを送ったり、意図的に簡単な仕事しか与えなかったりする行為が該当します。
「育休を取った人には責任ある仕事は任せられない」と言って重要な業務から外す、本人の意思に反する配置転換を命じるといったケースも少なくありません。
このようなハラスメントにより、育児と仕事の両立を目指す男性従業員の意欲が低下し、メンタル不調を引き起こすリスクも高まります。また企業にとっても育児・介護休業法第25条に基づく防止措置義務違反であり、厚生労働省からの勧告や企業名公表などの法的リスクを抱えることになります。
パタニティハラスメントが発生する原因

パタニティハラスメントが発生する背景には、複数の要因が絡み合っています。性別に関する無意識の偏見や固定観念、企業の育休制度の整備不足や周知不足も大きな障壁といえるでしょう。
人手不足や長時間労働が常態化している職場環境も、男性の育児参加を阻む要因となっているのが現状です。なぜこのような問題が起きるのか、その根本的な原因について確認しましょう。
性別に対する無意識の偏見
パタハラが発生する根本的な原因の1つに、性別に対する無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)があります。これは自分でも気づかないうちに持ってしまう、偏った思考パターンのことです。
特に「育児は女性がするもの」「男性は仕事を優先すべき」という固定観念が社会に根強く残っていることが、パタニティハラスメントを生み出す土壌といえます。
このような偏見を持つ上司や同僚は、男性従業員が育休を申請すると「男のくせに育児なんかで休むの?」といった発言をしてしまいがちです。
特に人手不足や長時間労働が常態化している職場では、「育休取得で業務が滞る」として、上司や同僚からのパタハラが発生しやすい傾向があります。
企業における育休制度の整備不足
企業における育休制度の整備不足も、パタニティハラスメントの大きな原因です。2024年度の男性の育児休業取得率は40.5%と初めて40%を超えましたが、女性の取得率(86.6%)と比べるとまだ大きな差があります。
多くの企業では育児休業制度は「女性のための制度」という認識にとどまっており、男性従業員が利用しやすい環境が整っていません。特に中小企業では、育休取得者が出た際の代替要員確保が難しく、結果として「今は忙しいから」と育休取得を断られるケースが少なくありません。
また、管理職の育休制度に対する理解不足も問題です。法改正の内容を十分に把握していない上司が「前例がない」「男性の育休なんて聞いたことがない」と否定的な態度を示すことで、部下は育休取得を諦めてしまいます。
さらに、制度が整備されていても、社内への周知が不十分なケースも多く見られます。男性従業員自身が自分に育休取得の権利があることを知らず、活用できないという問題もあるでしょう。
パタニティハラスメントを防ぐために会社ができる対策

パタニティハラスメントを防止するためには、企業レベルでの具体的な対策の実施が不可欠です。男性従業員が安心して育児に参加できる職場環境を整えることは、法令遵守だけでなく企業の生産性向上にも直結します。企業が取り組むべき3つの重要な対策を確認しましょう。
育休制度の整備と社内への周知
男性従業員も安心して育休を取得できる環境づくりは、パタニティハラスメント防止の基本です。
まず、法改正に合わせて社内の育休制度を見直し、最新の法規制に準拠した内容に整備しましょう。短期間でも取得しやすい分割取得制度や、業務の引継ぎ方法を明確化することが重要です。
育休制度の周知にも工夫が求められます。社内ポータルサイトや定期的な説明会などを通じて、制度の内容や手続き方法を分かりやすく伝えましょう。特に効果的なのは、育休を取得した男性従業員の体験談を共有することです。
さらに、人事部から対象となる男性従業員へ直接制度を案内したり、管理職向けの研修で育休制度の重要性を伝えたりすることも効果的です。育休取得者には「復職式」のようなイベントを開催することで、会社全体で育児参加を支援する姿勢を示せます。
育休を取得しやすい職場環境づくり
育休を取得しやすい職場環境を整えるには、業務の属人化を防ぐ体制づくりが不可欠です。同僚の育休取得を応援したい気持ちはあっても、現実に「自分の負担が増える」となれば、育休制度に対してネガティブな感情を抱く人も多いでしょう。
こうした環境では、いくら制度が整っていても「職場に迷惑をかけてしまう」との気持ちが勝り、取得しにくくなってしまいます。
この課題を解決するには、育児休業期間中の代替要員確保が重要といえます。具体的な方法としては、育休期間に合わせた契約社員や派遣社員の採用、または正社員の雇用などが考えられるでしょう。
代替要員を確保することで、「育休を取りたくても周囲に迷惑がかかる」という心理的障壁を取り除けます。
業務の見える化やマニュアル整備を進め、誰でも対応可能な業務フローを構築することも効果的です。チーム制の導入や業務の分散化により、1人が休んでも運営に支障が起きない仕組みづくりが、男性の育休取得を促進する環境整備の鍵といえます。
相談窓口の設置
企業はパタハラに関する相談窓口を設置し、適切に対応する義務を負っています。育児・介護休業法では、労働者の就業環境を守るための相談体制の整備が明確に義務付けられているのです。
窓口を設置する際には、複数の相談手段を用意することがポイントです。電話やメール、対面など、相談者が選べる形にすることで利用しやすくなるでしょう。また、プライバシー保護を徹底し、相談者が不利益を受けないという安心感を提供することが重要です。
相談員には専門的な知識とスキルが必要なため、パタハラの定義や法律、相談対応技術について研修を実施し、適切な対応ができるよう育成しましょう。相談を受けた際は、内容や状況に応じて柔軟に対応し、必要に応じて調査や改善措置につなげる体制を整えることが大切です。
社内窓口だけでは信頼性に欠ける場合もあるため、外部の専門機関への委託も有効でしょう。社内外の窓口を併用することで、より安心して相談できる環境が整います。
出典:育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律|e-Gov 法令検索
意識改革でパタニティハラスメントを防ごう

企業に育休制度があったとしても、男性従業員が利用できない状況に追い込まれたり、取得したことで不利益な扱いを受けたりするのがパタニティハラスメントです。ハラスメントを防ぐには、従業員それぞれが性別の役割に関する思い込みを変える必要があります。
長く続く社内風土や、業種の特徴からハラスメントをなくすのが難しいと感じた場合は、男性が育休制度を取得しやすい企業への転職を考えるのも1つの方法です。転職先探しには、国内最大級の求人情報一括検索サイト「スタンバイ」がおすすめです。上手に活用して、自分に合った仕事を見つけましょう。