内定取消しとは、文字通り内定が取り消されることです。内定承諾後に内定を取り消された場合は、状況を冷静に確認しどのような対策を取るか考えましょう。内定取り消しの意味や違法性・内定を取り消された場合の対処法を紹介します。
この記事のポイント
- ・内定取り消しは法律上「解雇」と同等の意味を持つ
- 内定は労働契約の一種と見なされるため、企業の一方的な都合による取り消しは認められていません。日本では労働者を保護するため、企業が解雇を乱用しないよう制限が設けられています。
- ・内定取り消しが合法となるのは「客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当である」と認められた場合
- 企業による内定取り消しが認められるのは、「内定者の経歴詐称や重大な虚偽申告が発覚した場合」「内定後に重大な犯罪行為や規律違反が判明した場合」「企業の存続が難しくなった」など、合理的でやむを得ない理由があった場合のみです。
- ・内定取り消しを受けたときは、専門家に相談すべき
- 内定取り消しを受けた場合、「内定取り消しの撤回を求める」「損害賠償を請求する」「受け入れて他の企業を探す」という方法があります。選択すべきルートは状況によって異なるため、弁護士や総合労働相談コーナーに相談するのがおすすめです。
内定取り消しとは
内定取り消しとは、そもそもどのような状況なのでしょうか?法的な意味や内々定取り消しとの違いを紹介します。
労働契約を解約すること
内定取り消しとは、企業が内定者に出した内定を取り消すことです。
内定とは、企業が内定者を採用するとし、双方が合意した状態です。法的性質としては「始期付解約権留保付労働契約」となり、労働契約が成立した状態となります。
始期付とは、将来の入社日を始期として契約の効力が発生するという意味です。また解約権留保付労働契約とは、特別な事情があった場合、企業が契約を一方的に解約する権利を一定範囲内で持っていることを指します。
すなわち企業が内定を取り消すということは、契約における解約権を行使した状態です。
雇用契約における「解雇」と同義
内定が「始期付解約権留保付労働契約」である以上、企業による内定取り消しは「解雇」と同義です。企業の一方的な都合による安易な内定取り消しは認められません。
企業が内定を取り消すには、従業員を解雇するときと同様に、客観的・合理的かつ社会通念上相当であると認められる理由を提示しなければなりません。内定者に落ち度がない場合、内定取り消しは不当解雇に該当する可能性が高くなります。
内々定取り消しとの違い
内々定とは、企業が「〇月〇日以降に正式な内定を出す予定です」などと内定者に通知することを指します。企業は本採用の意思があることを示しているのみであるため、契約としての拘束力は強くありません。
内々定については、原則的に「正式な内定を出す前の準備段階」「双方が合意するまでの猶予期間」と見なされます。企業が内々定を取り消しても、違法性がないとするのが一般的です。
ただし内々定であっても、「労働契約の成立に当たる」と判断できる事由がある場合は、内定取り消しと同様に「不当解雇」と見なされるケースもあります。
内定取り消しが違法になるケース
企業が一方的な都合で内定を取り消すことは不当解雇であり、違法となります。
内定取り消しが違法になるケースについて、具体的に見ていきましょう。
企業が内定当時に知ることができた事実を理由に内定を取り消す場合
企業は内定を出すに当たり、応募者の能力・経歴・性格などについて、合理的な範囲で調査・確認する義務があります。企業の確認不足による事由で内定を取り消すのは、原則的に違法です。
例えば以下のような状況で内定取り消しを受けた場合は、企業に対し違法性を問うことができます。
- 採用選考時に職務に必要なスキルや資格についての確認がなかった。内定後にスキル・資格がないことを理由に、内定取り消しになった
- 応募者についての悪いうわさがあったが、採用選考時に確認されなかった。内定後に悪いうわさがあるからと内定取り消しになった
スキルや資格・悪いうわさは、採用選考時に確認できたはずの情報です。知ることができたはずの情報を得られなかったのは企業側の落ち度であり、原則として内定取り消しは認められません。
仕事の適性と関係のないことを理由に内定を取り消す場合
業務の遂行に関係しない個人的な要因による内定取り消しは、客観的な合理性や妥当性に欠けます。職業安定法や男女雇用機会均等法などは、個人の属性を理由とした差別的な扱いを認めていません。個人の適性や能力とは関係のないことに基づく内定取り消しは、原則として違法です。
具体的には、以下の理由の内定取り消しは違法と考えてよいでしょう。
- 内定者に離婚歴があったことから、内定取り消しとなった
- 内定者の外見や服装が企業の期待に合わないという理由で内定取り消しとなった
離婚歴や外見・服装は、職務遂行能力とは無関係です。企業側の一方的な判断に基づくものであり、違法性は高いといえます。
企業側の都合で内定を取り消す場合
内定が労働契約の一種である以上、企業側の一方的な都合による取り消しは認められません。以下のような状況であっても、内定取り消しは原則として違法です。
- 業績が悪化して人員計画の見直しが必要になったため、内定取り消しとなった
- 業界全体の景気低迷により、念のため採用人数を減らしたいとして内定取り消しとなった
経営状態が悪化した企業は、存続のために「整理解雇」を行うことが認められています。ただし整理解雇は経営再建の一環であり、「解雇を回避するための努力をしても企業の存続が難しく、どうしても解雇が必要」というときに行われるものです。
会社存続に直結しない状態での内定取り消しは、違法と判断される可能性が高くなります。
内定取り消しが違法にならないケース
企業による内定取り消しのハードルが高いとはいえ、全ての内定取消しが違法というわけではありません。企業からの内定取り消しに「正当性がある」と認められるケースを見ていきましょう。
内定者に重大な経歴詐称や虚偽申告が判明した場合
「内定者が業務を遂行するに当たって必須となる学歴・スキル・資格などを詐称していた」「内定者が雇用契約の内容に直接関係する事項について、虚偽の申告をしていた」などは、採用の前提を覆す不誠実な行為です。
内定者との信頼関係が損なわれたとして、企業は内定取り消しを申し立てることができます。
ただし虚偽申告の内容が業務と無関係だったり悪意のないミスだったりした場合、重大性・故意性がありません。内定取り消しの合理的な理由とは判断されにくく、内定取り消しが違法となることがあります。
業務に必要な資格を取得できなかった場合
「入社までに特定の資格を取得すること」が採用条件として明確に合意されていた場合、資格取得の失敗による内定取り消しには違法性はありません。
業務によっては、有資格者しか遂行できないものがあります。資格を採用条件とすることには妥当性があり、資格取得の失敗は内定者による「契約不履行」です。
「労働契約の前提となる条件が満たされなかった」という事実により、原則的に企業側からの内定取り消しが可能となります。
健康上の理由で業務遂行が困難になった場合
業務の遂行が難しいほど健康に問題がある場合、労働契約の前提である「労働の提供」は困難です。内定を取り消す理由としては、十分な合理性・正当性があると考えられます。
「長期入院が必要」「健康上の理由から、業務そのものに従事できない」などの場合は、内定取り消しの違法性を問うのは難しいのが実情です。
ただし「採用選考の時点で健康状態を把握できた」「他部署・他業務に配置換えすれば就労できる」などのケースでは、内定取り消しが違法とされることもあります。
学校を卒業できなかった場合(新卒者)
「○年○月に学校を卒業できること」が応募条件および内定の前提条件として明示されていた場合、応募者が内定を得るためには学校を卒業することが必須です。
新卒採用においては、「内定者が卒業できなかった」という理由で内定を取り消すことは客観的かつ合理的な理由があると見なされます。
企業側が一方的に内定取り消しを通達したとしても、原則的に違法とはなりません。
内定者が重大な犯罪行為をした場合
以下のようなケースでは、企業による内定取り消しが可能です。
- 飲酒運転による逮捕・起訴
- 詐欺・横領・窃盗などによる逮捕・起訴
- 性犯罪による逮捕・起訴
- 暴力団関係者との交際、または反社会的勢力との関与が判明した場合など
重大な犯罪行為をした人を雇用すると、企業のイメージや信頼性に悪影響を及ぼしかねません。他の従業員の士気が低下したり職場の秩序が乱れたりするリスクもあり、業務遂行上のデメリットも非常に大きくなります。
内定者の予測不能かつ重大な犯罪行為は、「客観的に合理的であり、社会通念上も相当」と認められます。
一方で軽微な交通違反や業務に全く関係のない個人的なトラブルによる内定取り消しは、原則的に不当です。
企業側にやむを得ない重大な事由が発生した場合
企業が倒産危機・著しい業績悪化などに陥った場合は、内定取り消しについて「やむを得ない重大な事由」と認められることがあります。
ただし内定取り消しに当たっては、判例に則し、整理解雇の要件を満たすことが必要となります。
- 人員削減が避けられない状況である
- 解雇を避けるためにあらゆる手を尽くしている
- 内定取り消しの対象者を選ぶ基準が客観的かつ合理的である
- 内定者の納得を得るために十分な説明や条件提示が行われている
上記の要件を満たした上での内定取り消しは、「企業による解雇権の乱用には当たらない」とするのが一般的です。
内定取り消しを通達されたときの対処法
企業に内定取り消しを通達されたときは、理由を確認した上で今後の対応を考えることが必要です。
内定取り消しを受けた場合の対処法を詳しく紹介します。
内定取り消しの理由を確認する
企業による一方的な内定の取り消しには、「客観的に合理的であり、社会通念上相当と認められる理由」が必要です。まずは企業に内定取り消しの理由を確認しましょう。その上で、内定取り消しの合法性・不当性を冷静に判断することをおすすめします。
内定取り消しの理由を請求するときのポイントは、書面での通知を求めることです。口頭のみの説明では、後で事実を証明するのが難しくなります。内定取り消しの理由を記載した「解雇理由証明書」などを発行してもらいましょう。
企業がどのような理由で取り消ししたのかを書面で残すことで、訴訟を起こした際に有力な証拠となります。
内定取り消しの補償の有無を確認する
企業による内定取り消しが正当な理由のない一方的なものであった場合、違法と判断される可能性が高くなります。内定者には損害賠償や慰謝料を請求する権利が生じるため、自身がどのくらいの賠償金を請求できるのか確認しましょう。
訴訟リスクを回避したい企業の中には、一定の補償を自主的に提示してくる場合があります。しかし補償提案をそのまま受け入れると、本来請求できる損害賠償権利を放棄することになりかねません。企業に自主的な補償を提案された場合は、損害賠償の実態を反映しているかを精査することが大切です。
内定取り消しを受けたときは請求できる権利と損害賠償金額を適切に把握することで、「訴訟・労働審判に進む」「和解・受け入れを選択する」などを選択しやすくなります。
内定取り消しを受け入れるか否かを決める
内定取り消しの理由や補償などを総合的に判断して、内定取り消しを受け入れるか否かを決めましょう。決断に時間をかけすぎると、「不当解雇で争う場合、証拠集めが難しくなる」「次の転職先を探すまでに時間がかかる」などのデメリットがあります。
「企業から納得のいく補償が提案された」「裁判でストレスを感じたくない」などの場合は、内定取り消しを受け入れるのも1つの方法です。
争いを避けて早期にトラブルを解決することで、気持ちを切り替えて転職活動を再開しやすくなります。
内定取り消しですぐに専門家に相談すべきケース
内定取り消しを受けたときの対応については、弁護士や労働基準監督署などに相談できます。企業から内定を取り消された場合、すぐに専門家に相談すべきケースを見ていきましょう。
内定取り消しの撤回を求めたい場合
内定取り消しの撤回を求めるには、労働契約法をはじめとする労働法の専門知識が不可欠です。弁護士や労働基準監督署の相談窓口などに相談し、今後の戦略を立てましょう。
企業に内定取り消しの撤回を求める方法としては、都道府県労働局(総合労働相談コーナー)で「あっせん」を申し立てたり、弁護士に交渉してもらったりする方法があります。専門家を間に挟むことで、法的根拠に基づいた主張を展開できます。
交渉が決裂した場合は、労働審判や民事訴訟(地位確認訴訟)などの法的手段の検討も必要です。
損害賠償を請求したい場合
内定取り消しで損害賠償を請求したい場合も、弁護士や総合労働相談コーナーに相談しましょう。
ただし確実かつスピーディーに損害賠償を受けたい場合は、労働問題に詳しい弁護士に依頼するのがおすすめです。
労働問題に詳しい弁護士であれば、証拠の整理から損害賠償額の適正な算定・企業との交渉・書面作成までをサポートしてくれます。弁護士が代理人になることで企業側の対応も誠実になる傾向があり、交渉がスムーズに進みやすいのがメリットです。
内定取り消しについてよくある質問
内定取り消しが認められるのは、客観的・合理的かつ社会通念上相当と認められる事由がある場合のみです。とはいえ個人で判断するのは難しく、内定取り消しについて不安を感じる人は少なくありません。
内定取り消しになるケース・ならないケースについて、よくある質問を見ていきましょう。
内定の返事を保留したら取り消しになる?
内定の返事を保留しただけですぐに内定取り消しになる可能性は、極めて低いといえます。内定を保留するだけでは、法的に正当な取り消し理由には当たりません。内定保留を理由に内定が取り消された場合も、無効になる可能性が高くなります。
ただし企業の採用活動には期限があり、入社スケジュールの確定が必要です。合理的な返答期限を越えて返事を保留したり、企業からの連絡を無視したりなどをした場合、「誠実性に欠ける「信頼関係が損なわれた」などとして内定取り消しになる可能性があります。
軽微な前科があるが、内定取り消しになる?
前科が業務内容や適性・職務遂行に直接関係しない場合、軽微な前科のみを理由とする内定取り消しは不当です。またすでに償いが終わっており事件から時間が経過している場合も、前科だけで内定取り消しが認められる可能性は極めて低くなります。
注意したいのは、採用選考時に賞罰などについて質問を受けていた場合です。前科について故意に申告を怠った場合、経歴詐称と見なされるリスクがあります。企業が「信頼関係が損なわれた」と主張すれば、前科を理由とした内定取り消しも可能です。
SNSで炎上したら内定取り消しになる?
コンプライアンスが重視される昨今、企業の中には内定者のSNSをチェックしているところも少なくありません。特に差別的な発言や誹謗中傷が含まれる投稿による炎上は、企業イメージを著しく低下させる恐れがあります。
SNSの炎上によって企業が実務的にダメージを受けると想定される場合、内定取り消しになる可能性は高いといえます。
ただしSNSの炎上が内定以前だった場合、企業の調査不足を問うことが可能です。過去の炎上による内定取り消しに対しては、内定者が違法性を主張できる可能性があります。
自己破産した経験があるが内定取り消しになる?
「自己破産した」という経験は、業務の適性や能力に直接関係しません。自己破産を理由とする内定取り消しは原則的に違法です。
そもそも自己破産は、法に基づいて経済的な再生を促す制度です。制度を利用したからといって非難されるいわれはなく、過去の経済状況を問題にして雇用を制限するのは不当な差別に該当する可能性があります。
注意したいのは、「自己破産がギャンブルや浪費などによるものであり、その状況が今も続いているケース」「採用選考時に虚偽の申告をしたケース」「高度な金銭管理能力や厳しく信用が求められる職種に就くケース」などです。
自己破産そのもに起因する内定取り消しは不当であるものの、「内定者が現在も金銭トラブルを抱えている」「内定者が虚偽申告をした」「業務上、高い信頼性が求められる」などの場合では、企業による内定取り消しが「妥当である」と見なされることもあります。
内定取り消しを受けたら冷静に対応しよう
内定取り消しは解雇と同等であり、企業による安易な内定取り消しは違法となる可能性があります。万が一内定を取り消された場合は、取り消しの理由や根拠・補償の有無などを冷静に確認しましょう。
内定取り消しが不当であると思われる場合は、証拠をそろえ、速やかに弁護士や労基署などの専門機関に相談することが大切です。