納棺前に故人の体を洗浄し、あの世に旅立つための身支度を整えることが、湯灌師の役割です。肉体的・精神的にハードですが、やりがいが大きい職種の1つといえます。仕事内容や納棺師との違い、未経験者から目指す方法をチェックしましょう。
湯灌師とは
故人をあの世に送り出す職種の1つに「湯灌師(ゆかんし)」があります。多くの人にとって人の死は非日常的であるため、葬送の現場で働く専門職の実態については、あまり知られていないかもしれません。役割や納棺師との違いを解説します。
故人に湯灌の儀を行う専門職
湯灌師とは、故人に「湯灌の儀(ゆかんのぎ)」を行う専門職です。湯灌とは、納棺前に故人の体をお湯で洗い、あの世への旅装束を施すことを指します。現世での煩悩や穢れ(けがれ)を洗い流し、清らかな来世を願う意味が込められています。
かつてはその故人の家族が湯灌を行っていましたが、遺体を扱うのは、精神的にも肉体的にも容易ではありません。素人が行えば、遺体を損傷させたり、病気に感染したりする恐れがあるため、現在はプロに依頼するのが一般的です。
病院や施設で息を引き取った場合は、看護師が体を拭いて身支度を整える「清拭(せいしき)」を行います。病院や施設によっては死後処置と死化粧などをまとめて「エンゼルケア」と呼ぶこともありますが、専用の設備がない限り、湯灌は行われないケースが多いでしょう。
納棺師との違いはない
映画「おくりびと」では、あの世への旅立ちを手助けする「納棺師(のうかんし)」が描かれました。納棺を行う者は納棺師、湯灌を行う者は湯灌師とされていますが、両者に大きな違いはありません。
湯灌から納棺までの業務は、同一職が一貫して行うため、納棺師と湯灌師が別々に派遣されることはないと考えましょう。湯灌で身を清めた後、死に化粧を施して死に装束を着せ、棺に遺体を納める流れです。
葬儀社または湯灌の専門会社に勤務しますが、葬儀社の中に湯灌を行えるスタッフがいない場合、専門会社より派遣されます。
湯灌師の仕事の流れ
湯灌は、現代の葬儀において必須ではないため、どのように遺体を清めるのかを知らない人も多いのではないでしょうか。湯灌師の大まかな仕事の流れを解説します。
マッサージで硬直をほぐす
湯灌は、設備の整った葬儀会場や自宅で行われます。自宅で行う場合、専用の浴槽を運び込むのが通常です。
湯船にお湯を張る際は、水にお湯を足して温度を調整する「逆さ水(さかさみず)」という方法が取られます。通常とは逆の方法で物事を行う「逆さごと」の一種で、この世とあの世を明確に区別するという意味合いがあるようです。
時間が経過した遺体は、体が硬くなっています。お湯をためている間、遺体の関節を伸ばしながら、全身にマッサージを施します。
お湯で故人を清める
マッサージが完了したら、遺体にタオルや布をかけて浴槽のある部屋へと移動させます。遺族に対して儀式の目的や流れを説明する「口上(こうじょう)」を行い、遺体にお湯をかける「お清め」を行う流れです。
家族がお清めを行う場合は、左手で柄杓(ひしゃく)を持って、足元から胸元に向かってお湯をかけるのが作法です。日常では、右手に持った柄杓で上から下へとお湯をかけますが、葬送では逆さごとの習慣にならい、通常と逆の方法を用います。
その後、湯灌師が髪の毛や顔を洗い、最後に全身をシャワーで洗い流します。
死に化粧を施して死に装束を着せる
全身を洗い清めた後は、遺族の意向を聞きながら、遺体に「死に化粧(しにげしょう)」を施します。男性の場合、髪や爪を整えてひげをそり、生前の姿に近い状態にする流れです。女性の場合は、口紅やアイシャドーといったメイクを施します。
生前の面影を取り戻すとともに、失われた血色を補うのが目的です。闘病生活で頬が痩せこけていれば、含み綿を詰めて顔をふっくら見せる処置も行われます。
かつては宗教・宗派ごとの「死に装束(しにしょうぞく)」を用意するのが習わしでしたが、近年は故人が愛用していた服を着せるケースが増えているようです。
湯灌師になるには?
体液の漏れや感染症のリスクを考えると、湯灌は遺体の扱いに慣れている人が行う必要があります。未経験者が湯灌師を目指すには、どのようなプロセスをたどればよいのでしょうか?
葬儀社への就職が近道
湯灌師の仕事を行う上で必要な資格はなく、学歴や職歴の制限もありません。未経験者の場合、葬儀社や湯灌の専門会社に就職することが湯灌師への第一歩となるでしょう。
葬儀社に就職した場合、入社後は必ずしも湯灌に従事できるとは限りません。葬儀スタッフとしてさまざまな業務をこなしながら、徐々に知識や技術を身に付けていくのが一般的です。
また、葬儀社の中には湯灌に対応していないところもあるため、事前に確認するのが望ましいでしょう。湯灌師として一日でも早く働きたい人は、湯灌の専門会社を探すことをおすすめします。
湯灌師の専門学校に通う方法も
湯灌師として働くには、遺体処置・死に化粧・葬送でのマナーといった多くの知識や技術を身に付けなければなりません。葬儀社などに就職して実践の中で学ぶ人もいれば、湯灌師(納棺師)の専門学校に通う人もいます。
カリキュラム内容やスケジュールにもよりますが、およそ半年で基本的なスキルが身に付きます。以下は、カリキュラム内容の一例です。
- 葬祭の基礎
- 遺族心理学
- 宗教学
- 湯灌・納棺・メイクの実技
- 様態に合わせた特殊処置
- 湯灌・納棺師関連法規
専門学校で必要な知識を身に付けておけば、就職先が見つかりやすく、現場でも焦らずに対応できるでしょう。
エンバーミングの資格があると有利
湯灌師として働くのに資格は必須ではありませんが、エンバーミングを習得していると、就職やキャリアアップに有利です。
エンバーミングとは、遺体に殺菌消毒・防腐処理・修復などを施し、きれいに保存する技術です。日本語では「死体防腐処理」や「遺体衛生保全」と訳され、エンバーミングに従事する人は「エンバーマー」や「遺体衛生保全士」と呼ばれます。
通常、遺体の安置期間は3日程度ですが、エンバーミングを施すと10日以上にも延ばせます。海外から遺体を輸送する際など、火葬までに時間を要する場面で役立つ技術です。
エンバーミングを行うには、IFSA(一般社団法人日本遺体衛生保全協会)が認定する養成学校に通い、ライセンスを取得する必要があります。もしくは、海外へ留学して学ぶのも選択肢の1つです。
出典:エンバーマー養成校のご案内 | 一般社団法人 日本遺体衛生保全協会
働き方の特徴と仕事のやりがい
湯灌師は、突然の死に対応しなければならないため、一般的な会社員とは異なる環境の中で働きます。どのような働き方をして、どこにやりがいを見いだしているのでしょうか?
土日が休みとは限らない
湯灌師が働く葬儀社は、基本的に年中無休で営業しています。いつ葬儀の依頼が入るか分からないため、いつでも対応できるように待機しなければなりません。
納棺師をはじめ、葬儀スタッフの勤務形態は「シフト制」が基本です。日勤・夜勤があり、葬儀が立て込めば、勤務時間が延長されることもあります。休日は不定期で、土日が休みとは限りません。
多くの葬儀社は、六曜の1つである「友引(ともびき・ゆういん)」を休日に設定しているようです。友引には「友を引く」という意味があり、葬儀や火葬を行うには縁起が悪いとされています。
遺族に感謝されることが多い
湯灌師の仕事は、遺体に最後の手入れを施し、生前に近い姿で送り出すことです。肉体的にハードで、精神的な負荷も大きいものの、「穏やかな顔で安心した」「湯灌をして良かった」と遺族から感謝されたときにやりがいを感じるといいます。
湯灌師には、単に遺体をきれいにするだけでなく、遺族の気持ちに寄り添ったり、悲しみを乗り越えるのを手助けしたりする役割があります。思いやりがあり、遺族の要望に丁寧に応えられる人に向いている仕事といえるでしょう。
湯灌師は故人と遺族に寄り添える職種
湯灌師の存在はあまり知られていませんが、遺族と故人のお別れをサポートする重要な役割を担っています。遺体を取り扱う上での高度な技術が必要なほか、人の死に動揺しない強い精神力が求められるため、向き・不向きが顕著に表れる職種といえます。
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